2008.12.01

遅まきながら

早や師走。世界は不穏、テロ、経済不況というが、一転。
2年ぶりに雷山観音の紅葉を見に行った。時は先月22日。

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かの有名な大楓。2、3日前の急冷に紅葉の

葉っぱはいくらか悴み、艶がなかった。が、堂々と

燃えていて壮観。一抹の寂しさを含みながら・・・


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ちょっとアングルを変えて覗いて見る。下枝は黄葉

同じ楓とは思えない。裏と表。段階の秋。

地表を見れば朱の絨毯。落葉。まさに秋だね。


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裏側にまわって場所が変われば、又朱色が増す。

逆光のせいだろうか。赤は暖色。不景気風を払う。

曇り勝ちの雰囲気が和らぐ。絨毯も濃くなる。


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ここには1810数年前清賀上人の開創になる11面

千手千眼がおはします。そりゃ慈顔、温顔でいらっ

しゃいますえ。観音様の目線からの心字池です。

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2008.07.15

靖国参拝

7月9日靖国神社に初参拝した。戦中派としてとかく論戦五月蝿い靖国をこの目で見たかったからである。日本人として自国の歴史を改めて見直すことが出来た。
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世界の歴史の中で日本はやることをやったのだ。欧米列強のアジア侵略に対し、当然の防衛策を必死に模索し、勝利を勝ち得たのだ。第二次大戦では確かに軍部の一部に行き過ぎがあったのは認めるが、自らを守るためにやむを得ざるものがあったのも理解できる。当時はあくまでも力の世界である。弱小国は飲み込まれる。防衛に死力を尽くすのは当然だった。日本は第二次大戦に負けて平和国家として再生した。二度と戦争を起こしてはならない。
この決意は世界に宣言して憚るところはない。しかしなお力によって周囲を犯そうとする国がある限り、敢然と自国を防衛し、反撃する確固たる意思と力を持つことは必要である。覇権主義に対しては断固たる否定をもって臨まねばならない。

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先進国も後進国も前大戦の敗者、日本の歴史を謙虚に学んで欲しい。そして21世紀には政治的にも経済的にも力による征服、圧制があってはならないことを悟って欲しい。それぞれの国の文化と伝統を尊重し、共存共栄の理念を尚愚かなる人間社会に実現して欲しいと希う。その為には真実、事実に基ずく的確なる過去の歴史認識が必要である。事実の歪曲、誇張に迷わされてはならない。為政者こそもっとも注意すべきである。偏った愛国主義は世界の平和を蹂躙するものである。


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遊就館も初めて参観した。一部の外国から文句を付けられたが、論外だ。もっとも客観的事実を物語っており、いささかも軍国主義をあおるものではない。日本の武士道の精神を示しているのだ。日本刀は残虐なる武器ではなく、日本人の心の美しい芸術的、精神的象徴として理解すべきだ。強いて言えば侵略者を毅然として寄せ付けない威厳を備えていると言いたい。
日本は戦後平和主義に徹している。第二次大戦に於いて戦争遂行上とは言え、損害や迷惑をかけたことは十分に反省し、すでに相当の贖罪は済ませている。国民が知らないだけだ。為政者よ真実を語れ。

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2008.03.26

2ヶ月ぶりの更新

1月以来のアップです。家族にとっては重大な出来事でした。実兄が救急車で運ばれ急遽入院。レントゲンの結果食道、胃、肝臓の癌と判明、年齢からして手術は不可能、あと一月以内の寿命と医者に言われ、延命治療はしない、痛みどめ療法をすることに同意。確認書に署名した。ところが2ヶ月を経過したいま、元来頑強な身体に恵まれた兄はなお命を永らえている。うれしいことだ。だが決定的なことは直接に言えない家族の悩みはつらい。生きることってつらいものだと身近の死に接して初めて自覚する。知らない兄は実弟だけに駄々をこねる。怒りつけたい感情が高まるが抑えるしかない。兄よ許せ。あなたの思うようにしてあげられないのです。あなたの言うことを聞くとそれだけ命が縮む可能性が高いのです。我慢しておくれ。

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2008.01.01

金さん銀さん語録

明けましておめでとうございます。

平成の世も今年で20年目を迎えた。

昭和一桁生まれにとって20年という年月は特に意味深い。

昭和20年は敗戦の年である。時代の様変わりに呆然とする。

年頭にあたり喜寿を過ぎたる者として金さん銀さんの語録は貴重な

指針である。以下に掲げよう。

① よくしゃべり、よく笑うこと。これも長生きの秘訣だと思うにゃ。

② 笑う門には福来る、そういうじゃろ。犬や猿は笑わん。

③ 感謝を忘れたら、人間はだめになる。ああ、有難や、有難や。

④ 悲しいことは、考えんほうがええ。楽しいことを夢みることだよ。

⑤ 人間、大事なのは気力。自分から何かをする意欲を持つことだね。

⑥ 歩けんようになったら人間おしまいだ。散歩は大事な日課だ。

⑦ 地獄・極楽はこの世にあるよ。それにゃ自分がつくっとる。

⑧ わしらの子供のころは、親がきつかった。そいで辛抱覚えたにゃ。

⑨ 時には、ひとのいうことを聞かんほうが、ボケせんでいいと違うか。

⑩ ぐちや不満を腹にためんこと。パーパーいって発散せにゃいかん。

⑪ どんなに辛くても、お天道さまは、あすになればまた出てござる。

⑫ 自分でできることはぜんぶせにゃいかん。甘えちゃいけましぇん。

⑬ ごはんは、一粒一粒感謝して食べるよ。すると、力がわいてくる。

⑭ いまの親は甘すぎる。娘をヘタに育てたら、笑われるのは母親だで。

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2007.09.17

敬老会

一昨日(15日)は当市当区で敬老祝賀会が催された。夫婦揃って参加した。11時半から式典が始まり区長の挨拶、市長の祝辞が代読され、老人会代表の挨拶の後、恒例の白鳩保育園の園児による鼓笛隊の名演奏があった。12時より乾杯、会食に移行した。通常の会席料理である。内容は立派だった。ありがたい。
Kc360037この際個人的に飲んだアルコールの量を披露すると、ビールコップ2杯、酒猪口3杯、焼酎5:5で2杯である。多いほうかな。食事が終わってカラオケが始まった。手品も披露された。10名程度拝聴してから近所の人と誘い併せて早めに退場した。
002当区の敬老会は70歳以上が出席資格があるが、出席率はほぼ3分の1だという。出席者は心身ともにまあまあ健康な者と言えよう。年金受給者として真にありがたく、お世話くださった方々に深く感謝したい。当分は家族並びに周りの人々に迷惑を掛けず、元気に生き、諸福祉のお世話になる時間を最小に止めるのが、喜寿を過ぎた老年としての勤めであろう。

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2007.08.21

07.8夏・秋の花

相変わらず連日猛暑の夏です。でも、どこかに秋の風情を感じませんか。

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百日紅を撮ってみました。紅白二種ありますね。

眼の覚めるような青空に映えています。

散れば咲き散れば咲きして百日紅  千代女

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夏の代表花は

何と言っても

ひまわりですね。
Dsc_036_3近くには大輪のひまわりはありません。

小ぶりの一輪をご覧に入れますね。

黄金の太陽。ゴッホの情熱にあやかろう。

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次は芙蓉の花。

夏の終わりから

秋の初めにかけ

て咲く、どこか可憐で、清楚な花です。 花びらにゆるき力の芙蓉かな  下田実花

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2007.08.06

白糸の滝

8月1日、わが町の名所、前原市郊外の「白糸の滝」を見に行きました。

Sira002前原から佐賀の古湯温泉にぬける県道12号線から

1キロばかり入った所、標高530m、川付(かつき)

川の水源地近くにあります。

高さ24mで県の名勝に指定されています。水量は

豊富で、清流にはサンショウウオも棲息していると

言われています。

周りは「ふれあいの里」となっており、滝周辺に遊歩

道があり秋には美しい紅葉が見られます。

時あたかも夏休み、家族連れで賑わっていました。滝からの水飛沫は天与の涼味、

子供たちは大喜びでした。「そうめん流し」の冷たくて、ヤマメの塩焼きの美味かった

こと。滝そばには白糸の滝観音(小蔵寺)がありました。

「ShiraitoFall_1.wmv」をダウンロード

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2007.06.27

炭鉱王、伊藤伝右衛門邸と白蓮

6月24日(日)

梅雨の最中、日帰りバスツアーで、4月28日より公開された炭鉱王、伊藤伝右衛門邸を訪ねました。近くの駐車場でバスを降りる頃は都合よく雨が止みました。傘を片手に邸まで歩いて行くこと5分、立派な長屋門の前に出ました。右の門柱には外務大臣、麻生太郎氏の揮毫による「旧伊藤伝右衛門邸」の真新しい表札が掲げてありました。

伊藤邸の長屋門はもともと福岡市天神の福岡別邸「あかがね御殿」にあったもので、昭和2年7月に別邸が漏電により消失、焼け残った門だけをこの幸袋の本邸に移築したのだそうです。

伊藤伝右衛門邸の概要は説明パンフレットによると、敷地面積:約2300坪 建坪:約300坪 四つの居住棟、三つの土蔵があり、石造の太鼓橋のかかる池を配した広大な回遊式庭園があります。屋敷は1897(明治30)年頃、当時の大炭鉱主であった伊藤伝右衛門によって建てられ、その後大正・昭和初期に数回の増改築がなされたと言います。

部屋数は全部で25。見所は応接間と二階にある歌人白蓮(伝右衛門の妻)の居室です。応接間には英国風のマントルピースがあり、窓にはドイツのステンドグラスがはめ込まれています。完全な洋間。見事なものでした。室内は撮影禁止なので特異な廊下、天井、欄間、和室、襖等を写真で紹介できないのが残念です。辛うじて廊下や縁側から撮った 手水鉢、塔、白蓮居室から窓越しに俯瞰した庭園の一部。および庭園からの家屋外観は下のスライドショーでご覧ください。

二階は20人ばかりしか入れないので順番待ちの行列。大分待たされて階段を登ると、白蓮さんの居室がありました。九畳と六畳の二間続きの和室。この部屋には誰も入れず、歌作りなどで過ごしたといいます。白蓮居室については詳しい描写があります。http://www.iizuka-cci.org/tiiki/kankou/itoutei/img/yomoyama5.jpg

伊藤伝右衛門は飯塚の石炭王、五十二歳のとき後添えに大正天皇の従兄妹に当たる柳原白蓮を娶ったことで知られています。十年同居後、白蓮は七歳年下の東大生、宮崎龍介と出会い、出奔するのですね、偶々当夜のラジオ深夜便で紹介されていました。インターネットで調べる中に更に詳しいことを知り己の無知を恥ずるばかりです。白蓮は情熱と浪漫の歌人、日本のノラであり、今日的に言えば「女性解放」の実践者、平和運動家でしょうか。 白蓮については
http://www.jtw.zaq.ne.jp/kamifu-sen/hito-byakuren.html

掛け軸には

 秋のかぜ こよひのほそき 月かげも
   愁いとならで 君にふけかし     (柳原白蓮)

他の歌 若干紹介します。

 ひるの夢あかつきの夢夜の夢さめての夢に命細りぬ
 ともすれば死ぬことなどを言ひ給ふ恋もつ人のねたましきかな
 女とて一度得たる憤り媚に黄金に代へらるべきか

 あけぼのの茜のなかの白波よ筑紫の海よ若き日のいろ
 わかき日のわが思い出のふる里よ夢もなみだもいまは恋しき

辞世の歌

 そこひなき闇にかがやく星のごとわれの命をわがうちにみつ

スライドショー 「itoshouse640.wmv」をダウンロード
                                      いれぶん

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2007.06.18

父の日

昨日は父の日。娘たちからひそかに待ち望んでいた贈り物が届いた。
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一つは健康野菜ジュース。

一つは焼酎「屋久の杜」。

それぞれ暖かい心が籠もっている。

持つべきは娘だ。母の日があり、父の日がある。亦愉しからずや。

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2007.06.09

筥崎宮の神苑、花庭園

2007/6/6
筥崎宮は醍醐天皇の延長元年(923)に創建され、延喜式神名帳に八幡大菩薩筥崎宮一座名神大社とある。宇佐・石清水両宮とともに日本三大八幡として朝野の崇敬あつ
く、特に鎌倉時代以降は武神として武家の信仰をあつめた。なお、「敵国降伏」の震翰を掲げる楼門は伏敵門として有名である。
Photo_2平和を希求するわが日本は他国を敵視する政策はとらないが、わが国を武力で脅かす者に対してはなお確固たる自衛の気概が必要であろう。
筥崎宮には平和の象徴である四季の花園がある。境内の神苑と花庭園である。今、ゆりとアジサイが
咲き匂っている。 スライドショーをご覧ください。

ゆり咲きていまだ花粉をこぼさざる  細見綾子
背きあふゆゑ美しき百合の花  佐治英子
方舟に遅れしものら百合に寄る  安達真弓

「hakozakiYuri.exe」をダウンロード

あぢさゐの闇夜も知らぬ深眠り  三橋鷹女
瞑らば息はむらさき紫陽花寺  林 翔
あぢさゐの花より懈くみごもりぬ  篠原鳳作 (たゆく)

「hakozakiAjisai.exe」をダウンロード

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