2008.03.26

2ヶ月ぶりの更新

1月以来のアップです。家族にとっては重大な出来事でした。実兄が救急車で運ばれ急遽入院。レントゲンの結果食道、胃、肝臓の癌と判明、年齢からして手術は不可能、あと一月以内の寿命と医者に言われ、延命治療はしない、痛みどめ療法をすることに同意。確認書に署名した。ところが2ヶ月を経過したいま、元来頑強な身体に恵まれた兄はなお命を永らえている。うれしいことだ。だが決定的なことは直接に言えない家族の悩みはつらい。生きることってつらいものだと身近の死に接して初めて自覚する。知らない兄は実弟だけに駄々をこねる。怒りつけたい感情が高まるが抑えるしかない。兄よ許せ。あなたの思うようにしてあげられないのです。あなたの言うことを聞くとそれだけ命が縮む可能性が高いのです。我慢しておくれ。

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2008.01.01

金さん銀さん語録

明けましておめでとうございます。

平成の世も今年で20年目を迎えた。

昭和一桁生まれにとって20年という年月は特に意味深い。

昭和20年は敗戦の年である。時代の様変わりに呆然とする。

年頭にあたり喜寿を過ぎたる者として金さん銀さんの語録は貴重な

指針である。以下に掲げよう。

① よくしゃべり、よく笑うこと。これも長生きの秘訣だと思うにゃ。

② 笑う門には福来る、そういうじゃろ。犬や猿は笑わん。

③ 感謝を忘れたら、人間はだめになる。ああ、有難や、有難や。

④ 悲しいことは、考えんほうがええ。楽しいことを夢みることだよ。

⑤ 人間、大事なのは気力。自分から何かをする意欲を持つことだね。

⑥ 歩けんようになったら人間おしまいだ。散歩は大事な日課だ。

⑦ 地獄・極楽はこの世にあるよ。それにゃ自分がつくっとる。

⑧ わしらの子供のころは、親がきつかった。そいで辛抱覚えたにゃ。

⑨ 時には、ひとのいうことを聞かんほうが、ボケせんでいいと違うか。

⑩ ぐちや不満を腹にためんこと。パーパーいって発散せにゃいかん。

⑪ どんなに辛くても、お天道さまは、あすになればまた出てござる。

⑫ 自分でできることはぜんぶせにゃいかん。甘えちゃいけましぇん。

⑬ ごはんは、一粒一粒感謝して食べるよ。すると、力がわいてくる。

⑭ いまの親は甘すぎる。娘をヘタに育てたら、笑われるのは母親だで。

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2007.09.17

敬老会

一昨日(15日)は当市当区で敬老祝賀会が催された。夫婦揃って参加した。11時半から式典が始まり区長の挨拶、市長の祝辞が代読され、老人会代表の挨拶の後、恒例の白鳩保育園の園児による鼓笛隊の名演奏があった。12時より乾杯、会食に移行した。通常の会席料理である。内容は立派だった。ありがたい。
Kc360037この際個人的に飲んだアルコールの量を披露すると、ビールコップ2杯、酒猪口3杯、焼酎5:5で2杯である。多いほうかな。食事が終わってカラオケが始まった。手品も披露された。10名程度拝聴してから近所の人と誘い併せて早めに退場した。
002当区の敬老会は70歳以上が出席資格があるが、出席率はほぼ3分の1だという。出席者は心身ともにまあまあ健康な者と言えよう。年金受給者として真にありがたく、お世話くださった方々に深く感謝したい。当分は家族並びに周りの人々に迷惑を掛けず、元気に生き、諸福祉のお世話になる時間を最小に止めるのが、喜寿を過ぎた老年としての勤めであろう。

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2007.08.06

白糸の滝

8月1日、わが町の名所、前原市郊外の「白糸の滝」を見に行きました。

Sira002前原から佐賀の古湯温泉にぬける県道12号線から

1キロばかり入った所、標高530m、川付(かつき)

川の水源地近くにあります。

高さ24mで県の名勝に指定されています。水量は

豊富で、清流にはサンショウウオも棲息していると

言われています。

周りは「ふれあいの里」となっており、滝周辺に遊歩

道があり秋には美しい紅葉が見られます。

時あたかも夏休み、家族連れで賑わっていました。滝からの水飛沫は天与の涼味、

子供たちは大喜びでした。「そうめん流し」の冷たくて、ヤマメの塩焼きの美味かった

こと。滝そばには白糸の滝観音(小蔵寺)がありました。

「ShiraitoFall_1.wmv」をダウンロード

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2007.06.27

炭鉱王、伊藤伝右衛門邸と白蓮

6月24日(日)

梅雨の最中、日帰りバスツアーで、4月28日より公開された炭鉱王、伊藤伝右衛門邸を訪ねました。近くの駐車場でバスを降りる頃は都合よく雨が止みました。傘を片手に邸まで歩いて行くこと5分、立派な長屋門の前に出ました。右の門柱には外務大臣、麻生太郎氏の揮毫による「旧伊藤伝右衛門邸」の真新しい表札が掲げてありました。

伊藤邸の長屋門はもともと福岡市天神の福岡別邸「あかがね御殿」にあったもので、昭和2年7月に別邸が漏電により消失、焼け残った門だけをこの幸袋の本邸に移築したのだそうです。

伊藤伝右衛門邸の概要は説明パンフレットによると、敷地面積:約2300坪 建坪:約300坪 四つの居住棟、三つの土蔵があり、石造の太鼓橋のかかる池を配した広大な回遊式庭園があります。屋敷は1897(明治30)年頃、当時の大炭鉱主であった伊藤伝右衛門によって建てられ、その後大正・昭和初期に数回の増改築がなされたと言います。

部屋数は全部で25。見所は応接間と二階にある歌人白蓮(伝右衛門の妻)の居室です。応接間には英国風のマントルピースがあり、窓にはドイツのステンドグラスがはめ込まれています。完全な洋間。見事なものでした。室内は撮影禁止なので特異な廊下、天井、欄間、和室、襖等を写真で紹介できないのが残念です。辛うじて廊下や縁側から撮った 手水鉢、塔、白蓮居室から窓越しに俯瞰した庭園の一部。および庭園からの家屋外観は下のスライドショーでご覧ください。

二階は20人ばかりしか入れないので順番待ちの行列。大分待たされて階段を登ると、白蓮さんの居室がありました。九畳と六畳の二間続きの和室。この部屋には誰も入れず、歌作りなどで過ごしたといいます。白蓮居室については詳しい描写があります。http://www.iizuka-cci.org/tiiki/kankou/itoutei/img/yomoyama5.jpg

伊藤伝右衛門は飯塚の石炭王、五十二歳のとき後添えに大正天皇の従兄妹に当たる柳原白蓮を娶ったことで知られています。十年同居後、白蓮は七歳年下の東大生、宮崎龍介と出会い、出奔するのですね、偶々当夜のラジオ深夜便で紹介されていました。インターネットで調べる中に更に詳しいことを知り己の無知を恥ずるばかりです。白蓮は情熱と浪漫の歌人、日本のノラであり、今日的に言えば「女性解放」の実践者、平和運動家でしょうか。 白蓮については
http://www.jtw.zaq.ne.jp/kamifu-sen/hito-byakuren.html

掛け軸には

 秋のかぜ こよひのほそき 月かげも
   愁いとならで 君にふけかし     (柳原白蓮)

他の歌 若干紹介します。

 ひるの夢あかつきの夢夜の夢さめての夢に命細りぬ
 ともすれば死ぬことなどを言ひ給ふ恋もつ人のねたましきかな
 女とて一度得たる憤り媚に黄金に代へらるべきか

 あけぼのの茜のなかの白波よ筑紫の海よ若き日のいろ
 わかき日のわが思い出のふる里よ夢もなみだもいまは恋しき

辞世の歌

 そこひなき闇にかがやく星のごとわれの命をわがうちにみつ

スライドショー 「itoshouse640.wmv」をダウンロード
                                      いれぶん

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2007.05.29

映画「阿弥陀堂だより」

最近数年前の映画を見て感動することが多い。色々と批判のあるNHKであるが、時を経て好評の映画を見せてくれることに大いに感謝している。

定年時、ささやかな老後の生活を設計し、幾らかでも理想に近づけたらと努力したが、満足するほどの生活環境作りには遠く及ばなかった。

昨夜の「阿弥陀堂だより」は静かで、しっとりした、爽やかな印象を受けた。原作良し、監督良し、俳優良し。都会生活と対照的な田舎の生活、美しい自然。子供の頃の懐かしい風景。中でも登場人物の生きざまが良い。

都会で疲れた妻とそれをやさしく見守る夫の心の交流。逞しく自然とともに生きてきたおうめ婆さん。身障者の小百合。実直な村人。素朴な子供たち。

老境に近づいた自分には、この村の人たちの生き方が、極めて自然で、美しく感じられ、未だに俗念に囚われている自分が恥ずかしい。貧乏は必ずしも不幸ではない。現実を如何に生き、如何に死するか。プロセスが大事だ。

次世代にいのちを伝え、老境に入れば、己を無にして他と親身に関わってゆく。そして時来たらば、自然に還る。それが出来れば何も言うことなしだ。

「阿弥陀堂だより」の詳細は http://amidado.com/02kaisetsu.htm


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2007.05.20

映画「眉山」を見る

昨日は好評「眉山」を見に出かけた。
実にさわやかな映画だった。宮本信子、松嶋奈々子、大沢たかおが好演。
けだし、原作:さだまさし、監督:犬童一心が優れているせいだろう。
それに圧巻は「阿波踊り」、実際に見たことはないが、絶妙のカメラワークで
実にリアルに再現している。1万4200人のエキストラによる圧倒的な迫力。
世界に誇る日本の祭りであり、踊りである。
これにより全部ではないが、日本人の「愛と心」を世界に伝えられたらと思う。

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2007.03.21

孫の高校受験

昨日は孫の高校(公立)入試の合格者発表の日だった。

結果は「桜散る」だったと、娘より携帯にメールが入った。

夕方、娘よりデンワがあり、咄嗟に慰めと励ましの言葉を送った。

『まだまだ高校入試なんて途中じゃないか、これから頑張ればいいんだよ』

今朝、娘のブログを見るといろいろ書いていたが、上の爺の言葉を

息子の携帯に送ると同時に、自分でも次の著名人の言葉を贈っていた。

『おれは落胆するよりも、次の策を考えるほうの人間だ』 坂本竜馬

『勇気と決断と行動力さえもちあわせておれば、あとのことは天に任せれば

よい』 司馬遼太郎

『元気を出しなさい。今日の失敗ではなく、明日訪れるかもしれない成功に

ついて考えるのです』 ヘレン・ケラー

『行動が全てだ。栄誉には価値はない』 ゲーテ

『人生に必要なものは、勇気と想像力とほんの少しのお金だ』 チャップリン

そこで 私も平凡だが、次の言葉を改めて 娘経由で孫に送った。

『一つの失敗は反省により成功への道となる。汝の青春は始まったばかりだ』 爺

失敗した時、成功者の経験と人生観は大いなる励ましになるんだね。

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2006.07.19

蒸し暑いですね。

日本の各地に豪雨被害が出てますね。 それに蒸し暑い。早く梅雨が明けるといいですね。

うさ晴らしに昔の名画をみました。例の500円版です。見ているうちにストーリーを思い出しました。

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「心の旅路」のグリア・ガースン、ロナルド・コールマン。 1942年作品

「シェーン」のアラン・ラッド、ジーン・アーサー、それにあの少年。 1953年作品

「私は告白する」のモンゴメリ・クリフト、アン・バクスター。ヒッチコックらしい。1953年作品

チャップリンの「黄金狂時代」無声映画時代のもの。 1925年作品 すべて面白い。

中年の頃見た古い映画は懐かしく、わくわくする想いを掻きたてます。新たな発見もあります。古い名画はいいですね。

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先日梅雨晴れ間に散歩していたら「凌霄の花」をみかけました。

雨のなき空へのうぜん咲きのぼる 長谷川素逝  もうすっかり夏ですね。

夏バテしないよう注意しましょう。

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2006.06.14

紫陽花

梅雨に入ってから紫陽花の色が冴えて来た。

隣の畠の淵に咲いていた紫陽花を撮ってみた。

まず、藍色から。

Sdsc_0007

次に赤色です。

アジサイは日本が原産国ですね。品種数は日本で約150種、

ヨーロッパで改良された園芸品種が400~500種と言われています。

アジサイの花の色は土壌が酸性だと青くなり、アルカリ性だと赤くなる。

名前の由来はもともと日本の土壌は酸性であったため、アジサイは青しかなく、

集めるの意「集(あづ)」に青の意「真藍(さあい)」で「集真藍(アヅサアイ)となり、

「アジサイ」(安知左井)とか、アヅサイ(安豆佐為)と書かれたのだそうだ。

Sdsc_0010


 最後が額紫陽花。花の色はピンク。切花です。
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2006.05.02

春爛漫

五月に入り、まさに春爛漫ですね。
近辺の花を紹介します。

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2006.04.16

もうフジの花が!

一週間前は桜が満開でした。
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ところが近辺の家の軒にはすでにフジの花が開いていました。
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今年は季節の巡りが特に早いですね。

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2006.04.02

小学校は花盛り

近くの小学校は春爛漫だ。
桜は満開。
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正門前の植え込みの菜の花も満開。
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近くの民家の庭には八重桜が爛漫と咲き誇る
Sysr016

アップして見よう。
Sysr020

まだ連翹も鮮やかな黄色だ。
Sysr025

おお確実に春が今は盛りだ。


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2006.03.14

映画三丁目の夕日を見て

3月10日大宰府の梅を見に行き、天神東宝で映画「三丁目の夕日」を見た。評判通りの佳作だった。時代への回想と感動に浸った。昭和33年とあって僕等の社会進出の時代と重なるからであろう。戦後13年を経過しているとはいってもまだ庶民は敗戦の痛みを引きずっていて必死に生きようとしていた。貧乏だった。だが希望があった。夢があって身を粉にして働いた。それを支えたのが家族だった。ようやくテレビが出始め、力道山の空手チョップを見ようと街頭に出て大勢で騒いだものだった。

親に見捨てられた少年は作家志望の青年にしがみつく。そうしないと生きられないからだ。そこに兄弟愛が生まれる。ちっぽけな自動車修理工場の主は田舎からポット出の少女を雇うことになるが、お互いに幻滅を感じながらもひとつの家族を構成して行く。小学生の息子をもつ若夫婦は、食い扶ちを減らすべく出てきた少女を、さながら弟妹のように労わるのである。

世の中はまだまだ乏しかった。だが、みな逞しく生きた。勝ち組、負け組というような発想はなかった。敗戦国日本の国民はみな負け組だったからだ。大きな自動車工場主を目指し、作家としての大成を夢み、おのれの才能を伸ばそうと考えた。主婦は家族をまもり戦った。まさに我々がそうだった。楽しいわが家の建設へ必死の努力を惜しまなかった。

この時代はまだ人情というものがあった。他人、自我という対立意識はなかった。村の感覚が残っていた。人間愛が溢れていた。弱いものは助けようと貧しいながら出来るだけのことはした。ああ、その魂の美しさを見よ。愛を受けたものは恩を忘れず、己の成長をもって報いんと努力したのである。子どもは親の苦労を見て育っていたので労を厭わなかった。血のつながりがなくても一つの屋根のもとで強い家族の絆で結ばれていた。破壊ではなく建設へと立ち向かったのである。

昨今「格差社会」ということが言われ、論議を呼んでいる。未来を描くことが出来ない社会。個人の努力の限界。その前に自立の精神が無いのではないか。苦労して育っていないから、極めて脆弱である。他に頼りすぎる。いつの世でも、世の中甘いものではない。生き抜くという意欲が必要だ。そのために必要な条件を自ら作り出していく不屈の精神がなければならない。現代はやろうと思えば己の才能を伸ばせる時代だ。頭も働かせなくてはならない。受身でなく能動的な働きが必要だ。

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2005.12.31

「男たちの大和」を見て

去る28日久しぶりに天神に出て映画「男たちの大和」を見た。
年配の男が多かったが、若い男女もいた。

僕等戦中派は、本土守備要員の任を背負わされていただけに、
約60年前の苦い戦争体験が如実に蘇えり、ほんとに感無量、
悔しさと感涙に噎んだ。

航空機による若年特攻隊の兵士と同じく大和の海軍兵士もまさ
に「死ぬための」短い人生であった。内地を守って空爆や原爆
で死んだ若者も同じである。生き残った者も同じ苦しみを背負
って生きて来た。

それにしても大義は国のため、家族のためであっても、命令で
絶対の死地に追い込まれた若者の心境は如何ばかりであったろ
う。同じく運命的に生き残った者の苦しみも、等しく想像を絶する。
この辺りは実によく画かれていると思う。

この映画の感想や評価は沢山寄せられているが、佐藤純彌監督
の「愛するものを守りたいのなら、戦争をしないこと、戦争をしない
ためにはどうしたらいいか、それを考えなければいけない」という
言葉がある。

またある観客は「この映画を見てなぜ戦争をしなければいけな
かったのか、人間のエゴによる欲望がなし得た理不尽な命の削
りあいの行為に怒りと憎しみで一杯になりました。こんなことは
二度と許してはならない」と感想を述べている。

しかし上の感想は、単なる感想に留まっていて、何ら解決策は
示されていない。問題はこの先にあるのである。国民一人一人
が、まず第二次世界大戦の「戦争の原因」を突き止め、自分で
納得出来る、最も妥当な結論を得る必要がある。

戦争をしない為には、どうしたらいいかについては、負け組の
日本および日本国民はもとより、戦勝国も、また現在戦闘中の
当事国も、就中、その国のリーダー、政治家が、冷静、公平な
目で、即ち、世界史的な視野で真剣に考えなければならない。

日本は敗戦後十分に反省している。少なくとも自ら戦争を起こ
してはいない。戦争をしようと思っている者は一人もいない。
このことを世界の人々にしっかり知ってもらわなければならな
い。数千年かけて尚人間は戦争を繰り返して来た。戦争をしな
いと誓う国が一国だけでは平和は来ない。

真に人間の愚かしさを知る国や国民がこの地球に圧倒的に増え
て来た時にこそ世界平和は実現するであろう。戦勝国よ、その
国民よ。しっかり反省せよ。少なくとも自国の利益だけを考え
る勿れ。況してや覇権を唱え、他国を侵そうなどと妄想を抱く
勿れ。何時までも恨みや報復という発想では、この21世紀では
勝利も平和も存在し得ない。

そういう意味でこの映画は大和乗組員のみならず、生残者に対
する鎮魂歌であるに止まらず、前大戦の勝者に対する教訓であ
り、警鐘でもある。地球上の全国民とその指導者および政治家が
見て欲しいと思う。何が戦争の原因であるか、如何にしたら平和
が確立できるか、考えて欲しい。人類はそろそろもっと賢くなって
然るべき時だと自覚して欲しい。

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2005.11.27

古い外国名画

11月13日、「ありがたいご時世」で紹介しましたが、
その後インターネットで追加注文し、次の名画をゲットしました。

P101

今日の紹介画面には抜けていますが、「キリマンジャロの雪」を久しぶりに鑑賞しました。
若いときに見たこの映画の詳細はすっかり忘れていましたが、主演の二枚目俳優グレゴリー・ペック、女優エヴァ・ガードナー、スーザン・ヘイワードの美女に再会、ストーリーも若々しい青春時代を表象するものとして、好ましく若返った思いです。映画はいいですね。原作:ヘミングウェイ。なるほど、さすが。


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2005.11.17

アイランド花どんたく

去る11月14日福岡市で開催している「アイランド花どんたく」に行ってきました。不可能を可能にした「青いバラ」を見てきました。11月20日で閉幕です。まだの方はぜひお出かけになっては如何ですか。

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2005.11.13

ありがたいご時世

先日久しぶりに天神へでかけた。
あるPCの勉強会に出席のためだが、
早く終わったので、新天町商店街をぶらついていたら、
書店でDVDを安売りしているのに気がついた。
よくよく見ると「新品」らしい。

s-DVDP1001

懐かしい外国映画であった。早速買い求めた。実に安い。@500円である。
今まで見ていないものから楽しんだ。いい時代になったものだ。

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2005.01.30

バス運転士の一喝

昨日は久しぶりにすっきりした気分を味わった。日頃の鬱憤を晴らして
くれたバス運転士さんの凛とした勇気ある行為に「喝采と感謝」を捧げ
たい。

私は今交通事故で骨折し、入院している兄の見舞いと入院に伴う諸
手続きのため、福岡から郷里の鹿児島に行ったり来たりを繰り返して
いる。

昨日帰ってきたが、事故以来4回目の往復の間に起きた出来事を紹
介する。皆さんもご存知のように九州新幹線は鹿児島中央駅(旧西鹿
児島駅)から新八代駅迄開通している。新八代から博多までは従来
の特急が繋いでいる格好である。それでも時間は最短で2時間10分、
長くて2時間35分に短縮された。新幹線の「ありがた味」は十分である。

九州新幹線の話はいずれ書くとして、郷里に行くにはまず鹿児島中央
駅から鴨池港へ行き、フェリーで垂水(たるみず)へ渡ることになる。

中央駅~鴨池港の交通手段は、バスかタクシーであるが、急ぐ場合は
タクシーを利用するしかない。今まで殆どタクシーを利用したが、今回
は時間の余裕があったので、タクシーより2倍の時間がかかり、料金
的には八分の一にあたるバスを初めて利用した。各駅停車であり、多
分、迂回もしていると思うが、その間にバス運転士の示した態度に驚
くとともに、その勇気に絶賛を送りたい気持ちで一杯である。

数停留所を経過した時、高校生らしい学生が5,6名乗込んで来た。幼
稚園児や低学年の小学生程ではないが、大きな声でつまらん話を始
めた。5,6分経った頃突然車内のマイクから運転士さんの「一喝」が轟
いた。

「こら、うしろ」 「静かにせんか」 「他のお客さんも、乗っちょいやったっ
ど」 勿論鹿児島弁である。郷里を離れて50年。日常使うことは滅多に
ない。従って運転士さんの言葉の再現は難しい。

一喝にさすがの高校生も黙ってしまった。一瞬、私も叱られたような錯
覚を覚えた。と、同時にこの運転士さんは偉いと思った。小さな子供
連れの若い奥さんもいたが、神妙に聞いていた。子供たちは意味は
理解できなかった思うが、その雰囲気から十分に身体で何かを学んだ
に違いない。

昔なら大人が未成年者に対して当然やっていたことを、毅然として行
った勇気ある運転士さんに「讃意と感謝」を伝えたいと思い、中央駅
に着いて降りる際、私は言った。「運転士さん、今日はありがとう。よく
ぞ学生たちを叱ってくださった。ありがとう」と--下手な鹿児島弁で--。

          いれぶん

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2004.11.21

人生、無情、無常

隣人の死

11月17日夕べ、私のマンションに住む○○1号室のK・Hさんが急逝
された。もともと心臓が弱かったそうだが、脳にも何らかの疾患があっ
たのかもしれない。お嬢さんが買物から帰って来て、お母さんが倒れ
ているのを発見した時は意識はすでに無かったという。急遽救急車で
I病院に運んだが、為すすべはなく死亡を確認したのみだった。医者は
死因不明と告げたそうである。享年57歳。

訃報を聞いた時妻と共に思わず 「うそ!」と叫んだ。わが家はこの奥
様とは心理的にきわめて親しい間柄にあった。実はこの前日、故あっ
て一年あまり近くの他のマンションに引っ越されていて、孫の入学のこ
とでまた戻って来られ、挨拶に見えたのであった。古巣に帰られて良か
ったなどと元気に語り合って一日も経っていなかったからである。

人の命は分からない。人間何時死ぬかわらない。本人も死ぬ意識もな
く逝かれたのではないか。残された娘さん夫妻の悲しみはいかばかり
か。孫の成長を見届けることなく、あの世に旅立たれた故人の無念さ
を思うとき、人生のはかなさ、無情、無常、すなわち「諸行無常」の深い
意味を、お通夜、お葬式を通じて改めて考えさせられたのであった。

人間の死の意味をようやく考えられる歳になった。今日はあらためて
「いろは歌」を味わおう。

   色はにほへど 散りぬるを
   わが世誰ぞ 常ならむ
   有為の奥山 今日越えて
   あさき夢みじ 酔ひもせず

この歌の真意、すなわち釈尊の教えに他なりません。真実の仏の道
(真理)、「悟りの心」に至れば死は怖くないのです。目下修行中です。

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2004.11.02

新紙幣発行

昨日(11月1日)日本の新紙幣1万円札、5千円札、千円札が発行、流
通経路に乗った。時あたかもその前日イラクに於いてテロ組織に拉致
されてバグダッド市内に放置されていた日本人らしい遺体が、香田証
生さんであることが政府によって確認された。(当地方紙、西日本新聞
を背景にした写真参照

  一万円札   福沢諭吉
  五千円札   樋口一葉
  千円札     野口英雄

新紙幣に掲載の明治の著名な、思想家、文学者、医学者の功績とイラ
クの現状を対比して考えると感慨に堪えない。チグリス・ユーフラテス
両河地方に発達した古代文明の流れを汲む現実の国家群の抗争は、
今なお深刻な影を国際社会に落としている。世界の人類はもっともっと
人間の歴史に学ばねばならないのだが・・・。

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2004.09.18

今日のイベント

9月18日(土)
今日はわが町の「敬老会」が催され、招待をいただいたので、参加し
た。中華料理「寿苑」で午前11時受付開始、11時30分より始まった。
区長さんの挨拶に続いてお歴々の挨拶のあと、近くの白鳩保育園の
園児による鼓笛隊の歓迎を受けた。市で有名な楽団である。可愛い
子供たちであるが、立派な演奏に感激する。12時ちょうど会食開始。
内容は和食、会席料理。年寄りなので今年から変更したらしい。そう
だよな、油っこいのは敬遠する人が多いから、歓迎だった。続いて余
興に入り、まず、詩吟の披露。見事だった。あとはカラオケ大会となり、
咽喉に自慢のある爺婆が歌って、散会したのは2時半。ほろ酔い気分
で帰還した。
 午後7時からわがマンションの臨時総会。築後13年4ヶ月。大修繕
の時期に当たる。理事の一員なので業者の選定から、工事見積もり
徴収、検討。予算との絡みで工事ヵ所、改修工事一部先送り、質のダ
ウン等で何とか結論に達したので、今日の臨時総会となった。結論は
委任状を含め全会一致の賛同を得た。4ヶ月の準備期間は大変だっ
たが、10月から始まる工事も目が離せない。勿論実際の現場監督は
設計事務所に委託してあるが、諸注意は欠かせない。シンドイ仕事で
ある。でもホットした。とにかく、今日は公私ともに 「いい日」 だった。
 もう一つ、特記すべきトッピクスがある。野球ファンのみなさまに取っ
ては忘れられない日となりましたね。野球選手のストライキ。プロ野球
の中止である。日本野球史上初めての出来事でした。閑散とした野球
場およびその周辺。閑古鳥が鳴いてたな。野球経営者も選手もこの問
題は時間をかけて検討、話し合いをしたほうがいい。野球ファンのこと
も忘れてはならない。経済に及ぼす影響も無視できない。

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2004.08.05

「美しき日々」

昨夜午後10時より韓国映画「美しき日々」第23・24回 (終)(再) 「再出
発」「奇跡」を見た。純愛、青春もの、まさに涙・涙の感動の連続であっ
た。冬のソナタは、前後しか見ていないし、完全に通して見たのはこの
「美しき日々」だけだ。美しい恋愛映画は、久しぶりであった。しかも一
番身近な東洋人の映画。戦前、戦後の日本人同様、いやそれ以上に
純真、純白、透明なのである。

南北に引き離された悲劇的民族が、南においてかくも美しい物語を生
み出し、世界に展開して見せてくれたたのである。古稀を越えた者にも
すばらしい感動を与えてくれたのである。若い時の、初々しい、人間的
感情を、再体験できたのである。極限における美しい「愛」の姿を、崇
高な精神的「愛」の存在を再確認出来たのである。イ・ビョンヨン、チェ・
ジウさん、監督、他の韓国のみなさん、有難う。

同じ東洋人として真に嬉しい。韓国映画は欧米・中近東へも紹介され
る(た)そうである。今世界がもっとも必要なもの、それは国家を越え、
人種、民族を越え、宗教を超えた「人類愛」。全世界に於いて韓国映画
が鑑賞され、平和への希求が早急に実現することを期待する。昨夜は
一晩中感動に包まれて眠った。 感謝! カムサムハムニダ!

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2004.06.25

咀嚼の効用

わが友F.S氏の言に依れば、食事における一口の咀嚼回数は平均70
回という。肉類ともなると130回を数える由。

で、早速昨夜焼酎を飲みながらわが回数を試して見た。略々15回が
限度であった。当夜のビールのつまみ、枝豆をまず70回噛んでみた。
驚いた。枝豆はこんなにも甘く、味合い深いものであったのか。見直し
た。次にキャベツを細長く刻んだ、焼き鳥屋でサービスする例の奴で
ある。焼酎を5:5で割ったコップ酒の合間に70回噛んでみた。キャベツ
の旨みがふわーと口一杯に広がる。テレビの美食めぐりの女優さんた
ちのため息(多分に演技っぽいというより、表現能力の不足を物語る)
「うーん」を口ごもった。味は広州どころか、咀嚼にあったのである。諸
姉兄よ。心して噛まれよ。げに咀嚼は健康に良いぞよ。

  よく噛めば噛むほど味のキヤベツかな  泊舟

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2004.06.10

いい加減にせんかい!

いい加減にせんかい!

11歳の子供よ、
ある国会議員よ、
イラクのテロ組織よ、
米国の軍人さんよ。

いい加減にせんかい!

なぜ悪口言われた位で
友達を殺すのかい!

重大事件を
なぜそう簡単に
他人事のように
批評するのかい!

同僚を殺して
どうしようとするんかい!
アメリカ憎しが
同僚を殺してもいいという理屈に
なるのかい!

アメリカの軍人さんよ
捕虜を虐待するというのは
21世紀では断じて許されないぞ!

みな、地上の同じ人間であることを
まだ、分かっていないのかい。

みな、狂ってしまったのかい。
この地球を、人類を、破滅させたいのかい!

いい加減にせんかい!
いい加減にせんかい!

いい加減にせんかい!

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2004.06.02

カッターナイフ殺人事件

長崎・佐世保で、仲良し小学六年生の間でインターネット・チャットでの
悪口がきっかけで憂うべき事件が起ったことが判明しました。

私はかってワープロ通信時代、文字による意見・主張の対立が異常
な感情的対立を呼ぶ 恐れがあることを指摘したことがある。お互いの
表情が見えない文字だけによるコミュニケーションは、冗談交じりの
「あなた馬鹿じゃないの」の一言でも、まともに強烈な罵言にとられてし
まう危険です。まして他人同様の場合、ことは一層深刻です。

聞き違いでなければアメリカでは小学生のチャットは禁止している由。
大の大人でもその危険性があるのだから、もっともな配慮であると思
います。TVの解説によると今の子供は日常喧嘩はしないそうで、相手
に適当に合わせているそうです。だからチャットなどでカッとしたら、酷
い言葉を吐くし、受けた側は異常反応してキレルという。うなずきなが
ら聞きました。この点自己主張をすることを憚った過去の日本人(この
時代は寧ろ謙虚と+に受け取られた面もある)の悪しき習慣を引き継
いでいるのでしょうか。揉め事を忌み嫌う、他人との関わりを嫌う、とい
う現代社会の風潮が彼らをそうさせるのでしょうか。親の無関心が子供
の異常心理を助長したのでしょうか。

「倫理」教育復活以前に社会生活のあり方の見直しが真剣に論ぜられ
る必要がありますね。今の子供の99%はなお健全であると思います
が、1%問題児の及ぼす影響を看過してはならない。99%になお爆発
の潜在的危険性がある。親と先生と社会の責任は重いですね。三位
一体の重要課題です。

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2004.06.01

アジサイの花

梅雨によく似合うアジサイの花をアップしました。
マイフォトの「アジサイ」をご覧ください。

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2004.05.19

立葵の花

昨日、買い物の帰りに近くの家の垣根に咲いた立葵の花を撮りま
した。今年は早いようです。その他名前を知らない小さな花も咲い
てました。初夏の花 としてマイフォト に写真をアップしています。
ご覧ください。

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2004.05.12

インスタント酢豚作り

今日スーパーで買い物をした。内容は次のとおり

冷凍食品  酢豚  298円
ピーマン  2個  38 x 2 = 76円

パックの中身は豚、人参、筍、タレでパックの裏面のマニュアルによる
と玉ねぎ、ピーマン、キノコを炒める段階で入れるように指示してあった。

妻の指南のもとに作ってみた。玉ねぎの乱切を乱れ切りと読んだら笑
われた。ランギリというのだそうだ。音読みだな。サラダ油の代わりに
ゴマ油をつかった。その方が味が良いのだと。途中味見をしろと言うい
う。甘すぎる。塩胡椒を振り掛ける。この点だな。問題は味付けだ。砂
糖を減らし、しょう油を増やすのが俺好みの味覚にかなうだろうと思った。

全部、豚肉、生野菜から準備したら、一人前幾らになるのだろうと原価
計算をしてみたいが、データ不足である。微妙な料理のコツを会得した
ら、料理は面白そうだ。一年も修行したら、立派な料理人になれるだろ
うなと思った。もともと何でも凝る方だから。勝手なことを言ってらー。

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2004.05.11

スーパーのサービス

近くに新しい大型スーパーが出来てから、六ヶ月が過ぎた。新興都市
にも競争の世界は厳しいものがある。この店は広いし、品揃えが豊富
だ。

私が一番感心しているのが、レジレディーの接客態度と言葉遣いであ
る。家庭の主婦らしいと見受けられる人が多いのだが、今日本の殆ど
のス-パーで勝手にしゃべっている耳障りの悪い、「○○円からお預か
りします」という言い回しが全くないのである。「○○円お預かりします」
とはっきりした日本語を、機械に対してでなく、お客に言ってくれるので
ある。何を主体に話しているか分からない、変てこな日本語が聞かれ
ないだけで気分がいい。殆どアルバイトだろうが、立派な社員教育が
行われている証拠であり、経営者の経営方針がはっきり見えるのがな
により嬉しい。

今日本語の乱れは甚だしい。外国人がこんなのを日本語と思い込ん
でしまったらと思うと、恥ずかしく、同時に無性に腹が立ってくる。日本
語の乱れはスーパー業界に止まらない。観光バスに乗る度に癖のあ
る、変な日本語で喋りまくる軽薄ガイドが多い。大体日本語の文脈に
なっていない喋り方をする。ここまで落ちたか日本語。美しいとまでは
言わないが、せめて正しい公用日本語を喋って欲しい。

戦後教育の行き過ぎをそのまま許容してきたから、おかしな日本語と
日本人が育ってしまった。小中学校では基本をしっかり教育すべきだ。
基本的な学問的知識を付与し、健全なる人間性を養成しさえすれば十
分だ。他人に迷惑を掛けない基本的な倫理、社会的協調性を身に着
けさせることが必要である。

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2004.05.03

徒然日記 008

つれづれ草に因む日記は、今日で終りにしようと思います。さて、テー
マは何にしようかと迷いましたが、137段に決めました。

> 花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。雨に向かいて月を
> 恋ひ、垂れ込めて春の行衛知らぬも、なほ、あはれに情深し。咲き
> ぬべきほどの梢、散り萎れたる庭などこそ、見所多けれ。

有名なフレーズですね。私の好きな個所です。桜は満開の花盛りを、
月は曇りのない澄み切った月だけを見て楽しむものだろうか。雨の中
に見えない月を恋い慕い、簾を垂れて部屋に立てこもり、春が次第に
暮れて行くのを知らずにいるのも、やはり情趣の深いものだ。今にも
咲きそうな頃合の梢や、花が散って萎れている庭などこそ、見る価値
のあるものが多い。

桜は、「咲く前」や「散ったあと」が、月は「雨に隠れたとき」や「西に沈
むとき」が、情趣深い。「満開の桜」「曇りのない月」にしか興味を示さ
ない人は、無風流だ。兼好は「完成された美」よりも「未完成の美」「凋
落の美」を心に留めよと強調している。

この続きに「男女の仲」、「祭り見物」などの事例をあげ、同じ論理を展
開しています。マドンナ先生の解釈は物事を「点」でとらえず、「プロセ
ス」で見る。人生もプロセスとして捕え、最後に全体として完成すれば、
一時的不幸、悲しみも、問題ではない。時点、時点の評価は保留し、
人生全体を見渡す視点をもてば、個々の事象に煩わされることはない。

また、視点を変えるには感情にとらわれない客観性が必要である。同
じ章段で、兼好は「教養高い人は万事にあっさりしているが、教養のな
い人は万事にくどく、客観的にものを見ることが出来ない」と、書いてい
る。やはり客観性の有無も、「教養」にかかっているのである。

(注)以上は荻野文子著、「ヘタな人生論より徒然草」162頁~166頁
を参照、且つ一部引用させて戴きました。

古稀を過ぎたわが人生は、まだ最終プロセスの中にある。寿命が延び
たお陰で終着駅まで、幾らか時間がありそうだ。だが、何時死神がうし
ろから襲ってくるかも分からない。「明日はないものと思え」とは、さはさ
りながら、さりながらである。まあ、淡々と生きることにしよう。兼好風に
言うなら、最後の息を引き取る時、「きれいな夕焼けだなあ」とつぶやけ
たら最高だ。

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2004.04.30

徒然日記 007

牛の角文字 (第62段)

> 延政門院、いときなくおはしましける時、院へ参る人に御言伝とて申
> させ給ひける御歌、
> ふたつ文字、牛の角文字、直ぐな文字、歪み文字とぞ、君は覚ゆる。
> 恋しく思ひ参らせ給ふとなり。

延性門院は後嵯峨天皇の皇女、悦子内親王ですが、ご幼少の頃父君
後嵯峨法皇の御所へ参上する人におことづてなされたお歌は、
ふたつ文字(=こ)、牛の角文字(=い)、直ぐな文字(=し)、歪み文字
(=く)お慕い申し上げております、と詠まれ、父君への思いが込められ
ています。才覚の程が偲ばれ、微笑ましいですね。

この歌をあなたの恋人に送ってみたらどうでしょう。粋な返歌が返って
来たら、恋の承諾。嬉しいでしょうね。結婚をすべきものではないとし
た兼好法師も、すてきな恋愛は容認していた節がありますので、あの
世からきっと喜んでくれることでしょう。

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2004.04.28

徒然日記 006

高名の木登り (第109段)

> 高名の木登りといひし男、人を掟てて、高き木に登せて梢を切らせ
> しに、いと危く見えしほどは言ふこともなくて、降るるときに軒長(の
> きたけ)ばかりに成りて、「あやまちすな。心して下りよ」と言葉をか
> け侍りしを「かばかりになりては、とび降るとも降りらん。如何にかく
> 言うぞ」と申し侍りしかば、「そのことに候。目くるめき、枝危きほど
> は、己が恐れ侍れば、申さず。あやまちは安きところに成りて必ず
> 仕る事に候」と言ふ。あやしき下ろうなれども、聖人の戒めにかなえ
> り。鞠も、難き所を蹴出し後、安く思へば必ず落つと侍るやらん。

危ないところで注意せず、安心と思われる所で注意したのは、何故か
というのが、この段のポイントですね。緊張が解けた時に危険がある
ということ、また身分から言うと下賎の者でも、一つのことに習熟した
者であれば、適切な指導、ポイントの指摘が出来ると言うことを言いた
かったのでしょうね。

私も経験があります。山登りして、下山の時、調子が良かったので駆
け足気味に下りて来たのですが、平坦の登山道に出る直前に小石に、
け躓いて顔を地面にぶっつけたことがあります。お陰で私の眉間には
今はあまり目立ちませんが、立て皺が刻まれています。兼好のこの段
を読んでいたら、この傷はなかったでしょう。

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2004.04.27

徒然日記 005

天地のようにおおらかな心で生きる (第211段)

> 万の事は頼むべからず。愚かなる人は深く物を頼む故に、恨み、
> 怒ることあり。勢いありとて、頼むべからず。こはき者先づ滅ぶ。
> 財(たから)多しとて、頼むべからず。時の間に失ひ易し。才あり
> とて頼むべからず。孔子も時に遭はず。徳ありて頼むべからず。
> 顔回も不幸なりき。君の寵も頼むべからず。誅を受くる事速かな
> なり。奴従へりとて、頼むべからず。叛き走る事あり。人の志をも
> 頼むべからず。必ず変ず。約をも頼むべからず。信ある事少し。

何事も、人を当てにしてはならない。幾つもの具体例をあげて述べ
てありますが、身に覚えのあることばかりですね。700年前も人の世
は同じだったのですね。で、兼好は自ら省みます。

自分をも人をも当てにしなければ、うまくいったときは喜び、だめな
時は恨まずにすむ。心の左右が広ければ妨げがなく、前後が遠け
ればいっぱいに塞がらない。狭いときはひしゃげて砕ける。心配り
が少なくて厳格なときは、人に逆らい、争って傷つく。寛容で柔軟な
ときは、一本の毛も損なうことはない。

> 人は天地の霊なり。天地は限る所なし。人の性、何ぞ異ならん。
> 寛大にして極まらざるときは、喜怒これに障らずして、物のために
> 煩わず。

人間は天地の間で最も霊妙なものである。天地には際限がない。
人間の性質もどうしてこれと異なることがあろうか。心が寛大で際
限なく大らかなときは、喜びも怒りもその心を妨げることがなく、外
的なもののために心が煩わされることはないのである。

兼好法師のこの心境に達するのはほんとに難しいことですね。天
地のようにおおらかな心で生きる。すばらしい人だったのですね。

注)今日の注釈の部分はマドンナ先生とよばれる荻野文子氏の
河出書房新社発行、「ヘタな人生論より徒然草」より引用していま
す。殆ど読んだことのなかった「徒然草」が、明快な現代風解説で
解き明かされています。兼好の真意が読み取れました。みなさんも
よければ読んでごらんなさい。古稀を超えた人なら、うんうんとうな
ずくこと必定です。こんな先生に習う塾生は幸せですね。

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2004.04.25

徒然日記 004

第89段、猫また物語

猫又・猫股とは年を取った猫で尾が二つに分かれ、よく化けるといわ
れる。化け猫。(日本語大辞典)

> 「奥山に、猫またといふものありて、人を食ふなる」と人の言いける
> に、「山ならねども、これらにも、猫の経(へ)上がりて、猫またに成
> りて人取ることはあンなるものを」と言ふ者ありけるを、何阿弥陀仏
> とかや、連歌しける法師の、行願寺の辺にありけるが聞きて、独り
> 歩かん身は心すべきことにこそと思ひける比(ころ)しも、

夜更けるまで連歌をして、たった一人で帰って来た時に、小川のふち
で、噂に聞いていた猫またが、足許へ忍び寄ってきて、飛びつくや否
や首のあたりに食いつこうとする。法師は肝をつぶしてしまって、防ご
うとすることもできず、立ち上がることもできず、小川へ転げ込んで、
「助けてくれ、猫まただ、猫まただ」と大声で叫んだので、あたりの家々
から松明などをともして大勢の人が走りよって見ると、顔見知りの僧で
あった。「どうしたのです」と言って、川の中から抱き起こした。連歌の
賞品としてもらった扇や小箱なども懐から飛び出し、すっかり水に浸か
ってしまった。やっとのことで助かった法師はあたふたと這いずりなが
ら家に入った。あとでわかったことだが、暗い闇の中でも主人と分かっ
た飼い犬が飛びついたのであった。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」「泥棒を捕えてみればわが子なり」の
類ですね。この法師はハナから化け猫を信じていたことになり、兼好
法師はこのえせ法師を痛烈に批判し、流言や迷信に迷わさることなか
れと庶民を戒めたのでしょうね。

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2004.04.24

徒然日記 003

兼好法師の徒然草の基本的な思想は感傷的、詠嘆的無常観です。
また世間、社会に対し観照的、傍観的態度を取っていますが、その
中には道義的、精神的要求を潜ませています。さらに「無常観」を根
源的、本質的に追求することにより、「諦観」へと達しますが、それを
足場に「人間の生き方」を方向付けようとします。兼好は仏道、世俗、
遁世の三世界に自由に出入りし、問題を見出し、つきつめた観照と
見解を述べています。記述というより描写しています。

(注)以上は、旺文社文庫、現代語訳対照、「徒然草」訳注者、安良岡
康作教授のご解説から勝手に抜粋、要約しています。つれづれ日記
002 にあげた第52段「仁和寺の法師」もすべて安良岡康作訳注より
引用させて戴きました。つたない継ぎはぎ文、お許しください。

私のつれづれ日記は「徒然草」を解説することではありませんので、
兼好法師の人生観は読者のご研究にお任せします。私は肝要な部分
ではなく、兼好が息抜きに書いたようなところを紹介することにします。
今日は第68段、私の第二の故郷、福岡・筑紫でのお話です。

大根のご利益

> 筑紫に、なにがしの押領使などいふようなる者のありけるが、土大
> 根(つちおほね)を万(よろず)にいみじき薬とて朝ごとに二つづゝ焼
> きて食ひける事、年ひさしくなりぬ。

あるとき、敵が襲撃してきて邸を取り囲んだ。その時邸の内部に武士
が二人現れて命を惜しまず戦って、敵を全部追い返してしまった。押
領使はまことに思いがけないことだったので、「ふだんここにおいでに
なるとも見えない方々が、こうも奮戦なさるのは、一体どちらさまでご
ざろうか」と尋ねたところ、「長年の間、信頼して、毎朝召し上がって来
られた大根たちでございます」と言って、姿を消してしまった。
心から深く信じきってしまえば、このようなご利益もあったのであろう。

大根の味噌汁、ふろふき大根、おでんの大根は大好きです。古稀すぎ
ても元気なのは大根さまのご利益もかも知れません。あっつ、書き忘
れるところでした。刺身のつまがありましたね。たくあんも。

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2004.04.21

徒然日記 002

仁和寺の法師

兼好法師に因んでつれづれ日記としたからには、印象に残っている段
を書くのがエチケットというものでしょうね。それで序段に次いでまっさ
きにあげたいのが、52段の「仁和寺の法師」の話です。

> 仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざれば、心うく覚えて、
> ある時思ひ立ちて、ただひとり徒歩より詣でけり。極楽寺・高良など
> を拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。

帰ってきてから、仲間にやっと念願の八幡宮を拝んで参りました。噂に
聞いたより以上に実に尊くあらせられました。それにしても参拝の人々
が山に登って行ったのは、山の上にどんなことがあったのでしょう。行
って見たかったけど、神社に参拝するのが本来の目的だ、と思ったの
で、山の上までは見ませんでした。

何のことはない。麓の極楽寺、高良など八幡宮付属の寺社を本尊と
早合点して、満足して帰ってきたのでした。兼好法師は次のように結
んでいます。

>少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。

しかとは思い出しませんが、同じようなことをして臍を噛んだ覚えが私
にもあります。ほんとに些細なことにも 「案内役」 はあってほしいです
ね。ない場合好奇心をもって聞くべきですね。インターネットの時代で
は下調べが利くから、そんなドジを踏む人はないでしょうけど・・・。
でもね、何時の時代でも、おっちょこちょいはいるんじゃない?

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2004.04.18

徒然日記 001

何時の頃からか、パソコンのスクリーンセーバーを「3D飛行物体」に設
定し、時間は「30分」とした。因みにデスクトップ背景は現在はストンヘ
ンジである。お仕着せに戻ったのである。その前は自家製の花や犬の
写真だった。

子供も孫も同居していない現状では、老人夫婦の夕食時間は6時半が
適当と決めた。炊事はもっぱら婆さんの役目である。古希直前のせい
か身体の不調を訴えることが多く、愚痴が増えた。いよいよとなると自
分でしなければならないと覚悟している。

昭和一桁生まれの男だから炊事はからっきしダメだ。飯炊き、味噌汁
位は出来るが、料理は殆ど出来ない。「男子厨房に入らず」の躾を受
けたせいである。娘が小学2,3年の頃、妻が実家に帰った時だったと
思うが、卵焼きを作ってやったことがある。出来上がったものは表面が
真っ黒に焦げて見るも無惨。でもパパの特製を泣きながら食べてくれ
た。

それからは名誉挽回とばかり料理の本を買い込み、何の料理だった
かマニュアルどおり作ったところ3時間も掛かって終い、あとで料理不
適格者とレッテルを貼られ「パパ厨房に入れず」となって、料理の練
習すら拒否された経緯がある。これからは真剣に料理を勉強しようと
思う。

ここまで書いたら私の意図がお分かりでしょう。つれづれなるままに
兼好法師に倣って心に移るよしなし事をそこはかとなく書き綴ること
にしたい。ココログの題名をみると「つれづれ日記」と命名したものが
やたら多い。考えることは皆同じだ。年寄りの暇人が多いとみえる。
題材はその日任せで、書く時間は推敲まで含めて「30分」で仕上げ
る予定である。(04/4/17記)

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2004.04.13

春の花たち(2)写真集

春の花たち第二集。マイフォトに収録しました。遠出できない事情に
ありますので身近の春を探ってみました。季節は春爛漫・爛熟へと
動いていますね。気分も浮き立ちます。

        いれぶん

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2004.04.05

春の花の写真

4月3日(土)近辺の春の花を撮りに出かけました。
さくらは七分咲き。タンポポ、れんげ、ボケなどが大きく、
小さく精一杯に春を謳歌していました。
フォトアルバム「春の花」をご覧下さい。
花冷えを覚えますが、身近に春が来ています。

      4/5 Irebun

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2004.04.01

春の花たち

昨日は4月下旬の暖かさで、昼前近くをぶらぶら散歩しました。
学校や公園、個人の家に、さくらが咲き初めていました。
まだ、3分咲きが主でしたが、なかには満開の種類もありました。
春は確実に爛漫へ向けて行進しています。
名前をしらない花が多くて恥ずかしい。
どうぞ、フォトアルバムをごらんください。

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2004.03.29

仕事の引継ぎ

3月27日(土)の新旧役員懇親会は、引継ぎを兼ねた顔合わせであった。組長は組長へ、班長は班長へ実務の要領を教える機会でもある。出席率が悪かったが、この種の会合は準公務を兼務している人が多く年度末会合で土、日を利用することが多いせいだろう。

3月28日(日)は会社の課長さんの事務引継ぎ見たいなことをやった。会社では殆ど引継ぎらしいことをしない人もいたし、しっかり引継ぎ書を作る人もいた。僕はその中間的態度を取った。

昨年引継いだときは殆ど口頭であった。文書ファイルは不完全であった。僕はほぼ完全なものにして差し上げた。同じ苦労をさせたくなかったからね。組長保管品と称するものを車に積み込んだ。その瞬間、長かった一年の仕事が終わった。暗中模索の一年だった。

無事に役目を終えることが出来たのは、もちろん会計、体育委員、各班長さんの協力を得たからだ。同僚、部下をうまく使える人でないと全体としてうまく行かない。その点、古びたとはいえ会社の管理職経験、技術が大いに役立ったと思う。

昨日で俺の務めは終わった。会社退職時のような「達成感」と「さっぱり
感」を味わっている。反面、どこか寂しさを覚える。何故だろう。しがないサラリーマン根性が身に沁み込んでいるせいだろう。でも、今朝は開放感に浸っている。また、自由が戻って来た。とにかく身軽だ。嬉しい。みなさんどうも有難う。

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2004.03.27

愛宕神社の写真

昨日、天神へ出る用があり、帰りに愛宕神社に寄りました。
今日より桜祭りがあるということなので、もう5分咲き位には
なっているかなと思ったからです。
しかし境内で咲いているのはほんの数本、それも僅かでした。
でも、この神社からの眺めはすばらしいですよね。能古島が眼前に
見えるし、福岡ドーム、福岡タワー、シーホーク、博多湾、etc.

フォトアルバム「愛宕神社に桜を求めて」をご覧ください。

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2004.03.25

腰痛!

腰痛が2,3日前よりひどい。
佐田整形外科に行く。
レントゲン撮影の結果上部脊椎は殆どくっついている由。
腰部のみ動くから、無理が行くのだとのこと。
道理で痛むはずだ。21日の机や椅子の運搬が、痛みを
誘ったのだろう。
電気マッサージと膏薬。薬を貰う。
しばらく通院してマッサージを受けよう。
10日も通えば良くなるさ。

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プラスへの変更

せっかくだからプラスへ変更しました。
配色など今一かなと思います。
おいおいフレッシュアップします。

ココログって楽しいな!
自分なりに色々企画して行きます。
アドバイスと応援をお願いします。

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2004.03.22

共同募金等

昨日の区総会で問題になったことの一つが共同募金
など区民の献金を一括納めることの可否である。

元来共同募金等は、自発的献金が本来の趣旨であり、
予め区の予算の中から一世帯当たり○○○円として
一括納入するのはおかしい。金額も各自の自由である
べきだとする尤もな意見があったからとの提案理由で
あった。

議論沸騰の末、結論が出た。
募金の積極的参加は最終的にほぼ皆さんの賛同を
得た上での一番の決め手は班長さんの徴収の手間
だった。

金額を自由として回覧板等で回しても、いざ現金を
出すとなると人間心理としては出し渋る人も多いし、
金額も最初に賛同し申告した人に右へ習いとなる傾向
がある。下手すると金額はごく少額にとどまる恐れが
ある。

それでは募金の趣旨に従い、幾らかでも募金に応じ
ようと考えた人の意に反するではないか。徹底を期す
るために個別訪問が考えられるが、当番となった班長
さんの負担が大きすぎる。(過去そういう苦い、辛い
経験があったそうだ)

昨年までの実績は市(?)よりの徴収希望額の1/3
程度だったとの説明を聞き、すんなり現行どおりの
予算計上額が承認された。

支出予算案に募金額0として提出した事務局の
狙いは、本来の募金の趣旨の理解と必要性を総会
出席者に確認するためのテクニックであったらしい。

だが、予め徴収希望額が募金団体か、市から提示
されると言うのも考えて見れば、おかしな話である。

人間社会は何事も理想的には運ばないものらしい。

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2004.03.20

若い人の早口!

近頃の「若い人は」と言う年齢になった。
若い人の話がやたら早いと感じるのである。

連れ合いに言わせると「お爺ちゃんもよ」という。
聞き取れない、耳の弱さを自分では自覚していないのである。

せっかちにモノをいう人が増えたのは時代のせいか。
もっとゆっくり意味を確かめながらしゃべって欲しい。

今、テレビで若い人の歌う「古い子守歌」を聞いた。
なにしろキーが高いのである。
昔のしっとりした、素朴なメロデイーがない。
うすっぺらなのである。
余情がないのである。
昔の懐かしい響きがないのである。
時代がないのである。・・(無理も無い)

年を取るとは、時代の差を感じることなのか。
願わくば時間に、歴史に、絶え間なき連綿性がほしい。
絶え間なき歴史の流れとしての時間が欲しい。

馬鹿言うな。
川はつねに「今と昔」を流し続けているのだ。
いつも「今」を流しているのだ。
今を生きるものはその限られた時にしか生きられないのだ。

往くものはかくの如きかな
昼夜を擱かず

かって漢文で習った記憶がある。
時の流れに掉さして・・・流れて逝くのか。 嗚呼

今日はこれまで。

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周辺の春・桃の花

P1010033.jpg

これも屋敷の庭園の中に咲いていました。
まだ、小さい木で花も小さかったのです。
接写です。桃の花かと思いますが、これまた?

春の色を求めての散歩はこれで終りです。
春の歌でも口ずさみましょう。♪♯♪♭♪♯♪

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周辺の春・菜の花

P1010024.jpg

近くの畑で撮りました。普通菜の花といえば
アブラナの花を指すのでしょうか。
近くに大根が見えますね。するとこれは?
キャベツの花も黄色かな。
本格農業をやってない者には区別が
つきません。どなたか教えてくだされ!


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周辺の春・連翹

P1010039.jpg

公園内ではありませんが、近くの家の庭に
黄色い花がありました。連翹かな。
確かではありません。
黄色は春の象徴とか。次の花もそうですね。

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周辺の春・辛夷(2)

P1010016.jpg

アップで撮ってみました。
花は接写するとまた違った印象を与えますね。

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周辺の春・辛夷(1)

P1010015.jpg

心地よい春の季節。昨日の午後、ぶらりとカメラ片手に散歩に出ました。
公園では辛夷が満開。木蓮に比べ芯の強そうなこの花が好きです。
おばあさんが犬を連れて来て、ベンチに休んでいました。
しばらく花の話などしました。

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2004.03.16

自由と言うこと

この21日で自由になる。嬉しいな。何故?公の仕事から解放される
からだ。昨年の春から市の行政の歯車に組み込まれてしまった。
わが市の如き零細都市においても一応区制が敷かれている。
その組長なる役目が順番で回って来た。
日常活動としては市の広報紙の配布を始めとして、諸々の情報文書
を配る仕事である。
近辺の清掃だとか、祭りだとか、校区の体育祭だとか、範囲は拡張
されてはいるが、とどの詰まり昔の隣組の現代版である。
パソコンを弄れる人間としては単なる情報ならば、インターネットで
流せば良いではないかと文句を言いたいところだ。でも、まだまだ
国民 「皆IT」という訳には行かない。

とんとんとんからりんと隣組。
他所から入り込んで来たものは今でも在来住民からは変な目で見ら
れる。悲しいかな。それに対し、こちらにも上手意識がある。 しかし
色んな苛めにあっても、10年も経てば、許し、認められる間柄になる
ものだ。人間臭い、戦いの中に、親近感も生まれ、隣人愛も、助け合い
精神も生まれてくる。

生のつき合いの中に、真の友情は生まれる。そんな経験をした一年で
あった。真剣に取り組めば、真剣に応えてくれる人が、必ずある。
最後はお互い理解が出来、相手を認めることになって仕事の付き合い
が終わっても、相手の生活を知り、もっとつき合いたいという・・・、そん
な関係になった。予期せぬ、嬉しい「収穫」があった。

"duty free"とは無税のことだが、義務からの解放という意味で使い
たい。この21日から私は完全に公の仕事から自由になる。
つまり隣組のために奉仕する仕事からの解放である。
何より精神面での解放である。嬉しい。

自分のために自由に時間が使える。好きなことがやれる。
だから、この欄の真のスタートが出来ることを、喜んで宣言する。
これから思いのままに私の「日記」を綴る。

春風や闘志いだきて丘に立つ    虚子
今日よりは初蝶のごとわれ舞はむ  泊舟


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2004.03.08

枝に積んだたわわな雪

P1010047.jpg

展望台からの北アルプス連峰は降雪中でまったく見られませんでした。
近くの樹木の枝に積んだ雪は今にも落ちて来そうでした。

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三角点

P1010044.jpg

西穂高口駅を出ると登山口の横に三角点がありました。記念にパチリ

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窓外風景(1)

P1010037.jpg

まるでクリスマスの樹木みたいですね。気温は氷点下二桁にはなっているでしょうか。

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ゴンドラ窓外風景

P1010031.jpg

窓は凍るし霜を備え付けの小刷毛で削ぎ落としても、また曇るので
ご覧のような写真になりました。でも却って風情がありますね。

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新穂高ロープウェイ

P1010013.jpg

新穂高温泉駅(標高1117m)から第一ロープウェイに乗り鍋平高原
駅で降り、徒歩一分のしらかば平駅から第2ロープウェイ(2階建
ゴンドラ)で、西穂高口駅(標高2156m)まで行きました。降雪のため
北アルプスの展望はまったくダメでしたが、窓外に見る景色はまさに
墨絵の世界でした。

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世界遺産合掌造り

P1010059.jpg

国重文・和田家

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2004.03.01

小旅行

一昨日夜、帰りました。

行った先は飛騨高山、奥飛騨温泉郷。
雪降りしきる中、合掌作りを見て感激、合掌。
二日目は2階建て新穂高ロープウェイで、空中散歩。

奥飛騨温泉で二泊三日、夜はのんびり
露天風呂につかりながら、かって世を風靡した
奥飛騨慕情を歌いました。

粉雪が心地よく頬を突つきました。
南国生まれとしては、北国のお猿さんの気持ちが
よーく分かりました。イラクどこふく風、まさに天下泰平。

物見遊山は楽しいね。身体と心の洗濯がばっちり、
ちり ちり 一昨夜はぐっすり、昨日は昼前まで、朝寝しました。

いま自治会の仕事で、総会が迫っており、忙しいので
写真のアップは遅れます。数日お待ち頂けますか。

もみじさん、さっそくコメントありがとうございました。
まだよくわかっていませんので、勉強しながらアップします。

    いれぶん

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2004.02.26

test3

今日から小旅行に出ます
行く先はヒ・ミ・ツ
旅は日常からの離脱
小学生の遠足みたいなもの
未知との遭遇である
ワクワクしています
なんて
使い古された表現は
幼い
君に詩人の
才はない
でも
感じることは
出来る
楽しんできます
ほんの司馬氏の
お別れです
バイバイ

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2004.02.25

テスト2

デザインを変更してみました。

他のココログを見ました。
魅力のあるココログがたくさんありました。

次あたりから本格的マイブログに挑戦したいと思います。
では、またお目にかかりましょう。

Irebun

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