661/999 JAH01015 E-さん Eーさんのつれづれ日記 29
(10) 94/04/18 22:39
装飾古墳の世界展を見て来ました。
去る16日、福岡市博物館で「装飾古墳(5、6世紀))の世界展」を見
て来ました。いやぁ驚きました。単に古墳の壁画ということからきわめ
て幼稚なものだろうと思っていましたが、どうしてどうして堂々たる一つ
の文化だと思いました。もちろん絵そのものは幼稚で単純ですが、古
代の人々の精神世界という面から見ると、われわれ日本人の精神の
原型を見る思いです。土偶や火炎土器にみられるような、縄文土器を
生んだ民族の源泉エネルギーが死者を祀る墳墓の(宗教)壁画として
具現していると感じました。
描かれている船、鳥、馬、さしば、靫(ユギ)、短甲、太刀、蕨、ひと、
家屋、いずれも、幼稚な絵ですが、三角、円、同心円、蕨手、渦巻き、
×、円弧文、直弧文などの組み合わせによる幾何学模様は、宗教的
意味を込めたものなのでしょうけれども、抽象化された精神性を感じま
す。現代の日本人たるわれわれの魂に響くものがあり、呪術性という
よりしみじみとした素朴な温みをもった芸術性とでもいうべき懐かしさ
を覚えます。
装飾古墳は熊本に多く次に福岡、不思議なのは横穴式墳墓が多い
長野県や茨城県にもあるのですね。邪馬台国とか、大和朝廷とか、
前方後円墳とかとの関係はどうなっているかなどと考えると興味津々
です。わたしは縄文人、弥生人という区別を特に意識しましたが、古
代史専門の学者から話を聞きたいものと思いました。
装飾古墳の研究と壁画の模写をやっておられる、日下八光氏の永
年のご努力により復元された主要な壁画、石棺、石障などに描かれ
た絵の色彩は、白、朱、緑の三色であったり、朱、黒、緑の組み合わ
せ、黄、黒、緑、茶等の組み合わせであったり、単純明快ですが、全
体的構成、配色はすばらしいと私は思います。そして、さらに興味が
あるのは、これらの文様が線刻された銅鐸の模様と共通なものが多
いということです。ここで思い出すのは、銅鐸の絵は絵文字であると
する研究者の「本」を読んだ時のことです。文字というにはいたらずと
も、ある「意味」とか「祈り」とかを表しているという考え方にはロマン
があって、面白いと興奮したものでした。
東京(千葉)、(?)はもう終わっていますが、福岡のあと、京都、宮
崎が予定されている由、そちらの方面の方興味がありましたら、一見
の価値ありと思います。
Eーさん
688/999 JAH01015 E-さん Eーさんのつれづれ日記 30-1
(10) 94/05/05 23:10
… … … 天草小旅行 その1… … …
平成6年5月3日(火曜日)
食事を終えてホテルの地下におりる。水族館に連なっている。朝の
観客は少ない。熱帯魚、温帯魚、寒帯漁、近海魚、遠海魚、大小さま
ざまの魚の遊泳、エビ、カニ類の遊歩をゆっくり見学した。ハタタテダ
イ、ソメワケヤッコ、ルリスズメダイなどを見て3年前の夏、タイはプー
ケットの浜でシュノーケルを楽しんだ時のことを思い出した。
水族館を出て海獣パークへと向かう途中でイルカショウを行う場所
を通った。朝がはやいのでショウには早すぎる。掃除のおじさんとお
ばさんが掃除している。見るとイルカが2頭、頭をわずかに水面に出
している。「おはよう」と妻が声をかける。だんだんと近づいてくる。胸
びれを震わせているようだ。そのうちほとんど横向きになり、まるで
手を振るようにパタパタと水面をたたき始めた。そうだ。2頭ともわれ
われに挨拶を返したのだ。「おはよう。おはよう。」と思わず手を振って
応える。その間数分。その後で、オキゴンドウの骨骸を見る。子供向
け陶製海獣に跨がり記念写真を撮る。
10時40分、本渡町天草国際ホテル玄関前でバスに乗り込み、本
渡バスセンター経由下田温泉へ向かう。この島は想像以上に大きい
島だ。島を一周すると半日はかかるという。今朝ほど、一週間前に予
約していた宿に所在地の確かめ電話をして、聞き出してあった近くの
バス停留所の名前は「しらさぎ橋」。55分かかった。下田温泉街の
入口に近く温泉センターの真ん前に“○島”旅館があった。古びた民
宿風の宿である。ゴールデンウィークのこと故、新しい大きいホテル
は予約不可能だったようだ。11時半過ぎに早めに着いた我々カップ
ルの前に現れたのは、田舎の農夫を思わせるオジサン、いや「じい
さん」と呼ぶべきか、は、色黒で案外長身である。あとで聞き出した
のだが、65歳である。「3時からだけんど、あがって休んで行きなさ
れ」とやさしい。何分早口だ。田舎の人にしては早くて聞き取りにく
い。案内された部屋は家族風呂の隣で、客の居ない時家族の誰か
が使っているのかも知れない。総体に昔の宿場の趣があった。
「1万5千円、それにサービス2,000円でどうですか」という。や
っと取れた嬉しさに値段もたしかめていなかったようだ。結構ですと
答えるとあとは問わず語りに、ぺらぺらとしゃべり出した。あとで私が
まるで「立板に水だ」と形容すると、妻はその表現は適切でないとい
う。「油紙に火」だと。なるほどその通り。油紙も死語になったと思い
ながら兜を脱ぐ。聞けばいや聞かされたところによると、相当の土地
をもった農家、地主さんだったらしい。地下を掘ったら80メートルで
40度の温泉がでた。ほんとうにラッキーだった。穀倉として使ってい
た小屋を改造して、たってと頼まれた関西の知人に、今はやりのサ
ッシなどに取り替えて貸してやった。三間の広さがあるが家賃は未
だに1万円据え置きである。よっぽど金にこまれば1万2千円にあげ
るが、そんな必要はない。財産は絶対売らないつもりだ。昨夜は、
鹿児島からやって来たお客さんで賑わった。もう何回も泊まっている
お客さんである。宿はお粗末であるが、オジサンの料理がすごくい
いからやってくるという。よそのホテルの料理などくらべものにならな
い。とにかく今夜の夕食を食べてくれ。とにかくおいしいからと人のい
いオジサンは、長話の間に10ぺんくらい繰り返した。お茶が出るま
でに30分もかかってしまった。
襖をみると大きな円形のシミが幾つもあり、畳みは古びて汚れて見
える。天井には何のためか直系5センチ位の穴が二つ並んで開いて
た。テレビは、小型の100円硬貨投入型である。布団をのぞいた妻
が言った。寝具は奇麗だ。じいさんの言葉を信じ期待しよう、と。昼飯
に親子丼をつくりましょうかという。娘家族の加勢をもらっての気楽な
稼業とみた。若い娘さんの味付けは甘く、じいさんと対照的であった。
食事後あいにく雨がふりだした。明日かえる予定だから観光をやめ
る訳には行かない。タクシーを呼んでもらう。〇〇タクシーが催促を含
め30分位かかってやっと来た。おしゃべりじいさんに聞き出したお勧
めどころは、13仏公園と大江天主堂。その行程を告げると、道を知っ
た運転手の△△さんは親切だった。道路工事の関係から大江に先に
行くと言う。いっさいを任せて案内をたのんだ。五足の草鞋が歩いた
昔の山道を指しながら説明してくれた話に興味をひかれた。五人とは、
与謝野鉄幹(30歳) 木下杢太郎(23歳)、北原白秋(23歳)、 平野
万里(23歳)、 吉井勇(22歳)の五氏である。そうそうたる日本の明
治生まれの文学者である。 時は、明治40年7月~8月、柳川出身
の白秋の案内による約一カ月の九州旅行紀の題名を『五足の靴』と
いう。大江天主堂の近くにある「天草ロザリオ館」に地図・写真つきの
説明がある。
紀行文によれば、五人組は富岡から大江までの八里の難道に迷
い、日暮れて、難渋苦行の山道で駐在さんに出会いやっと大江にた
どりついた。途中運転手の△△さんに「パアテルさん」という言葉を
始めて聞いた。スペイン語で宣教師のことだそうだ。紀行文の中にも
出てくる。白秋の詩の中にも使われている。当時のパアテルさんは、
フランス人のガニエル神父だった。因に今のパアテルさんは日本人
だという。パアテルさんはやはり外国人がいいですねとは、子供時代
を振り返りながら△△さんの回顧談。(内緒話だが、ウソか真か知ら
ない。日本人であまり評判がよくない人がいたらしい) (続く)
Eーさん
689/999 JAH01015 E-さん Eーさんのつれづれ日記 30-2
(10) 94/05/05 23:10 コメント数:1
… … … 天草小旅行 その2 … … …
車はやがて山坂をのぼり大江天主堂についた。丘の上にたつロマネ
スク風の白亜の殿堂である。昭和8年ガルニエ神父がその費用の大
半にあたる私財を投じ建立した。内部は、たいして広くはないが、塗装
もわりと新しく、小ぎれいで明るい、瀟洒な礼拝堂である。日本におけ
るキリスト教伝導と弾圧の象徴とも言える天草にふさわしい天主堂で
あり、天草四郎や隠れ切支丹の苦しみを偲んだ。天草ロザリオ館のキ
リシタンのジオラマ、隠れ家《屋根裏部屋》はぎょっとするほど真に迫っ
ていて身震いした。実物大の親子3人が小さな小さなキリスト像を拝ん
でいるのであった。祈りの声オラショが、生々しく再現される、というが
聞かなかった。
吉井勇歌碑
白秋とともに泊まりし天草の
大江の宿は伴天連の宿
「ただ秘めよ」 北原白秋「邪宗門・天草雅歌一節」
曰いけるは (イイケルハ)
あな、わが少女
天草の密の少女よ (ヒソノオトメヨ)
汝が髪は烏のごとく
汝が唇は木の実の紅に (アケニ)
没薬の汁滴らす (モツヤクノ)
わが鳩よ、わが友よ
いざともに擁かまし (イダカマシ)
薫濃き葡萄の酒は (クリコキ)
玻璃の壷に盛るべく (ギャマンノ)
もたらしし麝香の臍は (ジャコウノホゾハ)
汝が肌の百合に染めてむ
よし、さあれ、汝が父に
よし、さあれ、汝が母に
ただ、秘めよ、ただ守れ
斎き死ぬまで、 (イツキ)
虐げの罪の鞭は、さもあらばあれ、 (シモトハ)
ああ、ただ秘めよ、
御くるすの愛の徴を (シルシヲ)
天主堂を後にして13仏公園へと向かった。小さな御堂の小さな厨子
の中に13仏が納まっているらしい。この公園に鉄幹、晶子の眼前の
景観を讃えた歌碑がある。
天草の十三仏の山に見る
海の入り陽とむらさきの波
鉄幹
天草の西高浜の白き磯
江蘇省より秋風の吹く
晶子
この公園はここの高台から西海岸の代表的な景観が一望できるので
有名である。眼前にひろがるのは、頼山陽が謳った「雲か山か、呉か
越か ・・・・・」洋々たる天草灘が、南には海中公園・大ヶ瀬の奇岩、北に
は名勝妙見浦、左手後方は白鶴浜の優美な眺めがあり、そして、13
仏のすぐ後ろには、引き込まれそうな断崖。私ひとりが運転士さんの
案内で傘をさしながら足許をのぞき込んだ。まさに“引き込まれそうな”
怖さを覚ゆ。
岩風呂に身を沈め2日間の汗を落とした。さして広くないが温泉風
呂の雰囲気を楽しむ。いよいよ夕餉の始まりである。宿のじいさんの
ご自慢だけあって度胆を抜かれた。皿数14。これでもかこれでもか、
と出てくる。箸を付ける前にまず写真を撮ろうとすると、じいさんが現れ
た。卓の上に奇麗に全部、載せあげて飾ってくれた。海産物主体の
文字どおりの海鮮料理である。盛り付けも、皿もすばらしい。2時間半
かけて全部平らげた時は、満腹そのもの。ビール1本とかんびん3本
に助けられて全部腹に納まったのであった。小生曰く「ああ満足、満
足。もう死んでもいい。あの断崖から ・・・・・・」。
平成6年5月4日
夫の帰郷先、龍ヶ岳から帰福する娘夫婦と孫2人の車を、松島バス
停留所で11時半に待ち合わせることにして8時40分宿を出る。宿の
主人に「西島の宿を絶対宣伝してあげる」と約束をかわして別れた。
朝食の大部屋はカラオケが歌えるようになっていたが、御馳走でその
時間はなかった。部屋の床様には仏像、ケースのなかに鎧兜が飾ら
れ、水牛の角、古い杵などの農具、いろり用品、自在鉤のなつかしい
陳列がみられた。朝食は勿論純和風で、泊まりの三家族が集まり、
家族的雰囲気の中で終えたのであった。
松島のバス停で小一時間ほど待っていると、先方の親御さんたちも
送りがてらについて来られていた。近くに来ながら挨拶に出向かず自
分たちだけで天草の観光を満喫した非礼を詫びた。車は、天草五橋
をわたり一路福岡へと走った。黄金週間の中日、車はほどほどに混ん
でいて渋滞はなかった。夕方、6時ごろ無事帰宅する。
昨日は雨ながら、天主堂への道はバスがやっと通れる“いろは坂”
みたいな曲がりの多い径もあり、緑ゆたかで森林浴を楽しむ風情が
あったが、きょうは天気があがり山や野は新緑の若葉で輝いていた。
時あたかも端午の節句を控え、鯉幟が翻えっていた。
乳飲み子の笑顔にせまる若葉かな 泊舟
アパートの柵を小泳ぎ鯉のぼり 泊舟
Eーさん
01274/02000 JAH01015 E-さん Eーさんのつれづれ日記 031
(10) 95/02/23 07:28
こんどの阪神大震災でボランティアの活躍が随所に見られましたが、
わが町ではほんとに《ささやかなボランティア活動》が始まったばかり
です。「環境美化」キャンペーンと銘打つてあります。いわゆる町内清
掃、美化活動です。
一昨日の朝9時から公民館に集まり、区長さんの挨拶から始まりま
した。あくまでもボランティアですから人数は大して集まりませんでした
が、空き缶集めには十分な人数でした。作業は一時間程で終わりまし
た。因に私の班(25世帯)では区の役員をしている人と班長さんと私
の3名だけでした。日曜日ではあり、単にチラシを配っただけの呼びか
けではなかなか人は集まらないようです。何の気なしに路上に捨てる
人が如何に多いかと驚きました。しかし、捨てる人を非難する不快感
よりも共同で町を奇麗にする喜びを味わうことができました。我々の
町私たちの町という意識ですね。
いざという時隣人が助け合うという気持ちは、皆持っているということ
が今度の阪神大震災ではっきり証明されましたが、もっと日ごろから
隣近所と親しくしていれば、どこにどんな人が住んでいるかが分かって
いるから、下敷きになっていないか探せた筈だと語っている人がいまし
たね。なにか一つのことをすることによって友情は湧いてくるもの。強
制でなく、自然に、気持ちよく共同の作業をやることが連帯意識を育
て、緊急時お互いに大きな支えとなり、力になる。スポーツ競技、親睦
会の他、ボランティア的共同作業を一緒にしておくことが大事なことだ
と思いました。子供を連れて来て、一緒に拾っている人を見かけました
が、微笑ましい情景でした。
青天に音を消したる雪崩かな 京極杞陽
雪崩は春先になってから起こることが多い。雪崩の起こるきっかけ
は、急激な気温の上昇、突風などの気象の変化や、人や動物の通
行、落雷、人の声など音による場合もあるという。音が全然聞こえない
という不気味さに、青天が効いている。~ これは事故が起きていない
「雪崩」を詠んだものでしょう。
傾ぎたるビルに嘯く余寒かな 泊舟
震災の句は詠みにくいですね。どうしても感情移入が激しく生になり
ますから。
1995-2-22 08:00 記 Eーさん
01297/02000 JAH01015 E-さん Eーさんのつれづれ日記 032
(10) 95/02/24 14:13
〇総理大臣の犯罪
2月22日、ロッキード事件丸紅ルートの最高裁大法廷の判決が出ま
した。桧山被告等の有罪が確定し、ロッキード贈収賄裁判は19年ぶり
にやっと終結しました。ロッキード事件は、総理大臣の犯罪として国
家、国民に取って大きなショックでしたが、今度の裁判終結は、戦後の
自民党政治に対する司法の断罪を意味しています。「政治は力なり、
力は数なり、数はカネなり」というのが田中角榮・元首相の政治哲学、
あるいは政治手法でした。カネをばらまき、派閥の頭数を増やし、政治
を意のままに動かす。カネがすべてという拝金思想・金権政治はつい
最近まで続きました。いや、未だに続いていると言っていい。もう少し
早く裁判はできないものか?という疑問を抱かせます。
時間は悲しみを癒す最大の友人ですが、犯罪に対しては憤りや憎し
み、ひいては反省心を風化させる大悪友ですね。政治犯罪に対して
は、法は、慎重さは必要でしょうけれども、もっと峻厳、迅速な裁きを見
せなければならないと思います。摘発から最終決着まで19年は余り
にも長すぎます。今後は精々10年以内に結審させるというコンセンサ
スが為されるべきだと思います。国民の平穏な生活を脅かす犯罪につ
いても然りです。「鉄は熱い中に打て」の格言を、敢えてこの場に適用
したいと考えます。
金権政治は、「カネ万能思想」を政界のみならず、一般国民生活の中
にも跋扈させました。この思想はバブル崩壊後の今日でも依然として
残っています。この判決がせめて10年前に出ていたら「日本の政治の
仕組み」は、もちろん、国民の生活意識ももう少し変わったのではない
でしょうか。5億円という金額も、いまでは微細な額という感覚になって
しまった感があります。庶民にとっては、億という単位は依然として手の
とどかないものですけれども、悪いことでも何でもやれば、手にはいる
額という錯覚を植え付けたように思えてなりません。政治不信、政治家
不信は言わずもがなです。
あの事件発覚以来、偶像が破壊されるどころか、修復の動きもあっ
たりして、論ずることは笑止千万。言うも野暮な話ですが、偶像崩壊後
の生き方が、政治家にも、国民にも出来ていない。選挙に対しても、国
民生活に対しても「意識革命」しか現状を救う有効な手段はないのでは
ないかと思うのです。国民はもっと怒るべきです。この事件の裏側の問
題すなわち商品売込側の強引な賄賂商法についてもメスを加えなけれ
ばなりませんが、一朝一夕には片付かない問題ですね。弱きものよ汝
の名は《人間》と《欲望》。
あの1月17日の阪神大震災は日本の政治家と日本国民に大警鐘を
打ち鳴らしたものです。金と平和ボケで肝心のものを見失っている日本
人に対する警告だと受け取めたい。なんでも熱の冷めない中にやらね
ばなりません。熱しやすく冷めやすい性格は国民の通性です。もう一つ
の「諦めの早さ」とも、訣別しなければなりません。
夕支度春菊摘んで胡麻摺って 時彦
年中、出まわっているようですが、春菊は香りがすばらしい。地方に
よってはすき焼には使わないのではないかと思いますが、昔ながらの
純日本風は何と言っても「和えもの」ですね。ゴマの香しい匂いとともに
春を持ち込んで来るのが、春菊の和え物。ほのぼのとした佳句です
ね。生きる喜びを感じます。草間時彦氏は、石田波郷門の俳人。
栄螺焼く七輪出して炭焚いて 泊舟
これじゃ手法の盗作かな。それに懐古趣味が過ぎますか? (^_^;) 。
1995-2-23 12:30 記 Eーさん
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