2006.01.06

漢詩鑑賞 071

早發白帝城       李白

朝辭白帝彩雲間  朝に辭す白帝 彩雲の間   (あした)
千里江陵一日還  千里の江陵 一日にして還る
両岸猿聲啼不住  両岸の猿声 啼き住まざるに  (や)
軽舟已過萬重山  軽舟已に過ぐ 萬重の山  (ばんちょう)

朝早く朝焼けに彩られた、雲のたなびく白帝城に別れを告げ、
千里の彼方江稜まで三峡の急流をわずか一日で帰ってきた。
両岸で鳴いている猿の声が、なお、耳に残っているうちに、
軽快な小舟は幾重にも連なる山の間を通り抜けてしまった。

李白の絶句のなかでもっとも有名なものの一つ。いつ掲出しようかと
考えていましたが、2006年の年明けがもっともふさわしいと思い、時
期を待っていました。
流罪の地、夜郎に向かう途中、恩赦にあって再び長江を下る李白の
浮き浮きした、蘇生の歓びの気持がよく表れています。

参考文献 :漢詩名句辞典、著者:鎌田正、米山寅太郎。発行所:
       (株)大修館書店

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2005.12.27

漢詩鑑賞 070

  夜雪            蘇軾

石泉凍合竹無風  石泉凍合して竹に風無し    (とうごう)
夜色沈沈萬境空  夜色沈沈 万境空し   (ばんきょう)
試向静中閑側耳  試みに静中に向かって閑かに耳を側つれば
隔窓撩亂撲飛蟲  窓を隔てて撩乱として飛虫撲つ  (うつ)

石の上を流れる清水も凍り、竹を吹く風もなく、森閑。
夜の気配が深まり、まわりはすべて空しいほど静かだ。
試みに静寂の中で精神を集中して耳を澄ますと、小さな
虫がしきりに窓を打ち続けている。おお、あれは・・(雪)

深夜しんしんと降りしきる、かすかな雪の音。雪の魅力。全神経を
集中して静中の静に耳を欹てている蘇軾。わかるような気がする。

参考文献 : 「漢詩日記」 著者: 石川忠久、発行所 : 大修館書

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2005.12.17

漢詩鑑賞 069

  欲雪          雪降らんと欲す     王安石

天上雲驕未肯同  天上雲驕りて未だ肯えて同まらず (あつま)
晩来雪意巳填空  晩来雪意巳に空を填む (すでに) (うずむ)
欲開新酒邀嘉客  新酒を開きて嘉客を邀えんと欲するも (むかえ)
更待天花落座中  更に待たん天花の座中に落つるを (てんか)

空にはさかんに雲が起っているが、まだなかなか集まってこない。
それが夕方には今にも降って来そうな空模様となって空を覆った。
新酒を開いて客を招こうと思うのだが、もうちょっと、待とう。
そうだ。雪が降って座中に落ちて来るまで、待つことにしよう。

気の置ける客と雪を見て酒を汲み交わそうという魂胆ですね。今、
日本全国寒波が襲来し吹雪となりそうです。飲み且つ語り合う友が
近くにいたら、こんな風流の真似事も出来るのだが…。おお寒む。

参考文献 : 「漢詩日歴」 編著者 : 目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2005.09.08

漢詩鑑賞 068

三五七言            李白

秋風清         秋風清く
秋月明         秋月明かなり      (しゅうげつ)
落葉聚還散      落葉聚りて還た散じ  (あつまり) (また)
寒鴉棲復驚      寒鴉棲んで復た驚く
相思相見知何日   相い思い相い見る 知る何れの日ぞ
此時此夜難為情   此の時此の夜 情を為し難し

秋風は清らかに吹き
秋月は明るい
落葉は吹き寄せられてはまた散らばる
烏はねぐらにいたかと思うとまたばたばたと飛び立つ
愛しい人に会えるのはいつの日か
この時、この夜 なんともやるせない

三・三・五・五・七・七言は珍しい形式で、李白の創作らしいですね。
それぞれの二句が対句をなし、秋、相、此の繰り返しがあってなめ
らか。遠く旅に出て帰らない夫を思う若妻の嘆きを歌った閨怨詩だ
という。(石川忠久注)

参考文献 : 「漢詩日記」 著者: 石川忠久、発行所 : 大修館書

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2005.08.12

漢詩鑑賞 067

夏日題悟空上人院    杜筍鶴

三伏閉門披一納  三伏門を閉ざして一納を披る (きる)
兼無松竹蔭房廊  兼ねて松竹の房廊を蔭う無し (おおう)
安禪不必須山水  安禪は必ずしも山水を須いず (もちいず)
滅却心頭火亦涼  心頭を滅却すれば火も亦涼し

夏の暑い盛りの頃門を閉ざして僧衣を着て、
松や竹が部屋や廊下に蔭を落とすこともない。
しかし安らかな禅の境地は山水の自然など必要としない。
心中の雑念を滅却すれば火も又涼しだ。

第四句は皆さんご存知の言葉ですね。
今年の猛暑。これで涼を感ずる人は禅を極めた人。
寒暑も心の持ちよう。我慢から禅の境地へ。出来そうにない。

参考文献 : 「漢詩日記」 著者: 石川忠久、発行所: 大修館書店

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2005.07.06

漢詩鑑賞 066

  夏夜          韓偓(かんあく)

猛風飄電黒雲生  猛風飄電黒雲生じ   (ひょうでん)
霎霎高林簇雨聲  霎霎たる高林簇雨の聲 (しょうしょう) (そうう)
夜久雨休風又定  夜久しく雨休み風も又定まり   (やみ)
断雲流月卻斜明  断雲流月卻って斜めに明らかなり  (かえって)

暴風に雷電、空一面に黒雲が湧き
高い林の木々にザァザァと豪雨が騒がしい
夜が更け雨止み風が吹き止むと
千切れ雲から斜めにもれる月光が明るい

今年の梅雨は水不足が心配の処もあれば、暴風、雷が荒れ狂う地域
もありますが、真夏になればこんな天候はまだまだやってきそうですね。

参考文献 : 「漢詩日歴」 編著者 : 目加田誠 発行所:(株)時事通信社


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2005.06.07

漢詩鑑賞 065

鐘山に遊ぶ        王安石

終日看山不厭山  終日山を看て山に厭かず (あかず)
買山終待老山間  山を買いて終に待たん山間に老ゆるを
山花落盡山長在  山花落ち尽くして山長えに在り  (とこしえ)
山水空流山自閑  山水空しく流れて山自ら閑なり

解釈の必要はありませんね。この漢詩の特徴は山の字を八度も使っ
たことである。五言絶句または七言絶句の中で同じ字を二度使うこ
とはタブーとされてきた。その禁を破ったのである。それだけ山への
深い想いが込められていると言えよう。高齢社会となり、隠遁という
ことでなく、自然との触れあいを求めて山に入る人も出てくるのでは
あるまいか。日本でも有名な俳優や詩人がすでに実現していますね。

参考文献 : 「漢詩一日一首」著者 : 一海知義 発行所 : 平凡社

※昨夜おそく気づいたのですが、この詩は#023で掲載済みでした。
  ダブりましたが、このままで失礼させていただきます。
     平成17年6月8日 早朝 6時  いれぶん(伊東)

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2005.05.21

漢詩鑑賞 064

惜牡丹花         白居易

惆悵階前紅牡丹  惆悵す階前の紅牡丹   (ちょうちょうす)
晩來唯有両枝残  晩來唯だ両枝の残る有り   (りょうし)
明朝風起應吹盡  明朝風起らば應に吹き尽すべし  (まさに)
夜惜衰紅把火看  夜、衰紅を惜しんで火を把りて看る  (すいこう)

がっかりするなあ、階前の牡丹の花は
夕暮にはただ二枝しか残っていない。
明日の朝風が吹けば必ず散ってしまうだろう。
色褪せていく花を惜しんで夜も灯火をかざして眺めている。

灯火をかざして看る牡丹の花、さぞ愛惜の情をそそることでしょうね。
 夜の色に沈みゆくなり大牡丹  高野素十

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2005.05.11

漢詩鑑賞 063

讀山海経      陶潜

孟夏草木長  孟夏草木長び        (もうか)  (のび)
繞屋樹扶疏  屋を繞りて樹扶疏たり   (めぐりて) (き) (ふそ)
衆鳥欣有託  衆鳥託する有るを欣び
吾亦愛吾廬  吾も亦た吾が廬を愛す    (いおり)

初夏になって草木は伸び
家の周りに樹木は茂る
鳥たちは身を寄せるところが出来て喜んでいるし
わが輩もまたわが庵を愛している

参考文献 : 「漢詩日記」 著者: 石川忠久、発行所: 大修館書店

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2005.05.09

漢詩鑑賞 062

三月三十日題慈恩寺    白居易

慈恩春色今朝盡   慈恩の春色今朝尽く
盡日徘徊倚寺門   尽日徘徊して寺門に倚る
惆悵春歸留不得   惆悵す春帰りて留め得ざるを  (ちょうちょう)
紫藤花下漸黄昏   紫藤花下漸く黄昏

慈恩寺の春も今日で終わる。
一日中境内を歩き回って山門によりかかる。
なんとも恨めしい!行く春を留められぬのが。
紫藤の花の下あたりに、漸く黄昏が忍び寄って来た。

慈恩寺は長安の名刹。高宗が太子のとき、母親の追善のために
建立した(648)。玄奘三蔵が仏典を漢訳したところとして名高い。
春を惜しむという詩情はすでに唐の時代からあったのですね。

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2005.03.22

漢詩鑑賞 061

古原草       白居易

野火焼不盡  野火焼けども尽きず
春風吹又生  春風吹いて又生ず
遠芳侵古道  遠方古道を侵し
晴翠接荒城  晴翠荒城に接す

野火が枯れ草を焼き尽くしても、草はなく
ならない。春風が吹けばまた生えてくる。
やがて遠く古道を草が覆い、日光のもと
緑に萌えて荒城へと続いて行く。

白居易17歳の作。タイトルは「古原草を賦し得て、送別す」だそう
で送別の意を込めているそうである。若草の持つ生命力を詠った
とされる。(石川忠久)

参考文献 : 「漢詩日記」 著者: 石川忠久、発行所: 大修館書店


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2005.02.27

漢詩鑑賞 060

雪梅              方岳

有梅無雪不精神   梅有りて雪無ければ精神ならず
有雪無詩俗了人   雪有りて詩無ければ人を俗了す
日暮詩成天又雪   日暮詩成って天又雪ふる   (にちぼ)
與梅并作十分春   梅と并わせて十分の春と成る  (あわせ)

梅があっても雪がなければ、いきいきとした風情を欠く。
雪があっても詩がなければ、人を俗っぽくしてしまう。
日の暮れるころ詩が出来た。折よく天から雪が降ってきた。
梅と合わせて、これで満点の春の趣きだ。

方岳は南宋の詩人。梅と雪。それに詩性。この三拍子が揃わなけれ
ば写真も俗っぽいか。心洗われる写真を撮りたいものですね。


梅の花たが袖ふれしにほひぞと
        春や昔の月に問わばや
                          源 通具

紅梅やかの銀公のからごろも  貞徳
                         (銀公は漢の武帝の后)

参考文献:「漢詩のこころ」著者:石川忠久 発行所:(株) 時事通信社

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漢詩鑑賞 059

梅花          王安石

墻角数枝梅   墻角数枝の梅       (しょうかく)
凌寒独自開   寒を凌いで独自に開く
遥知不是雪   遥かに知るこれ雪ならずと
為有暗香来   暗香の来る有るが為なり     (あんこう)

塀の角の数枝の梅の花が
寒さを凌いで健気に咲き始めた。
遠目に見てもこれは雪ではないとわかるのは、
密やかな香りが漂って来るからだ。

寒波がふたたび日本の上空にかかり、開き始めた梅をためらわせて
いるようです。それでも梅はほのかな香をただよわせています。「独自
に開く」 「暗香」 「遥かに知る」 味わいのある言葉です。(石川忠久)

参考文献:「漢詩のこころ」著者:石川忠久 発行所:(株) 時事通信社

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2005.02.23

漢詩鑑賞 058

  早春            韓愈

天街小雨潤如酥  天街小雨潤うて酥の如く  (そ)
草色遥看近却無  草色遥かに看るも近づけば却って無し
最是一年春好處  最も是れ一年春の好き処 (よき)
絶勝煙柳満皇都  絶だ勝る煙柳の皇都に満つるに (はなはだ)

都大路は小雨にぬれてクリームのようだ。
草の色は遠くから見えるが、近づくと却って見えない。
早春の今が一年中で一番いい時期だ。
霞に煙る柳が都に一杯になる頃より、遥かに勝っている。

春浅い頃、草が芽生え始める頃が、春酣の柳煙る頃より遥かに勝っ
ている、と韓愈は言う。俗人より一味違う見方が清新である。
                                 (詹 満江)

参考文献: 「漢詩で歳時記」 著者: 詹 満江、発行所: PHP研究所

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2005.02.08

漢詩鑑賞 057

 香爐峰下、新卜山居    香炉峰の雪     白居易
 草堂初成、遇題東壁

日高睡足猶慵起 日高く睡り足れるも猶ほ起くるに慵く  (ものうく)
小閣重衾不怕寒 小閣に衾を重ねて寒きを怕れず(ふすま)(おそれ)
遺愛寺鐘欹枕聴 遺愛寺の鐘は枕を欹てて聴き   (そばだて)
香爐峰雪撥簾看 香炉峰の雪は簾を撥げて看る(すだれ)(かかげて)
匡蘆便是逃名地 匡蘆は便ち是れ名を逃るるの地 (きょうろ) (即ち)
司馬仍爲送老官 司馬は仍ほ老いを送るの官たり   (なお)
心泰身寧是歸處 心泰く身寧らかなるは是れ帰する処  (やすらか)
故郷何獨在長安 故郷何ぞ独り長安にのみあらんや

日は高く十分寝足りたが、起きだすのは億劫だ。
小さな高殿に蒲団を重ねて寝ておれば、寒さなんか恐くない。
遺愛寺の鐘は寝たまま枕をはすに立てて聞き、
香炉峰の雪は寝間の簾をはねあげて見る。
此処廬山の地こそ名声、名誉、毀誉褒貶から逃れる場所だ。
司馬という官職も老後を送るにふさわしい。
心の安泰、身体の安寧こそ、人間の落着く処。
何も長安だけが故郷ではない。

元和12年(817年)白居易が江州司馬に左遷されて、3年目の春の
作。香炉峰の雪、遺愛寺の鐘。共にわが国で有名ですね。

この句を踏まえて、菅原道真は「不出門」と題する句に「都府楼は纔か
に瓦の色を看、観音寺は只だ鐘の声を聞くのみ」と歌い、また、清少納
言は「雪のいと高う降りたるを」の段で、中宮定子の「少納言よ、香炉
峰の雪いかならん」の言葉に、格子を上げさせ、さっと御簾を上げて外
の雪景色をご覧に入れ、面目を施した話をご記憶の方も多いでしょう。

参考文献1:「漢詩で歳時記」 著者: 詹 満江、発行所: PHP研究所
参考文献2:「漢詩一日一首」 著者: 一海知義、発行所: (株)平凡社

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2005.02.04

漢詩鑑賞 056

京中正月七日立春    羅陰

一二三四五六七  一二三四五六七
万木生芽是今日  万木芽を生ずるは是れ今日
円転帰雁払雲飛  遠天の帰雁雲を払って飛び
近水遊魚迸氷出  近水の遊魚氷より迸り出づ

一二三四五六七と指折り数えれば
すべての木々が芽吹くのが今日だ
遠くの空を 北を目指して帰る雁が雲を抜けて飛び
近くの池では 遊魚が氷から踊り出す

羅陰は唐末五代の詩人。何度も科挙を受けたが落第。それで名の
「横」を「陰」に変えたという。機知や鋭い諷刺の詩で知られる。
旧暦の正月は、新暦の二月初め。今日は立春ですね。

参考文献 : 「漢詩で歳時記」著者: 詹 満江、発行所:PHP研究所

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2005.01.06

漢詩鑑賞 055

冬の農村         笵成大

榾柮無煙雪夜長  粗朶(ほだ)に煙なく雪の夜は長し
地炉煨酒煖如湯  地炉に酒を煨むれば煖かきこと湯の如し (あたた
            む)  (あたたか)
莫嗔老婦無盤飣  嗔る莫れ老いたる婦の盤の飣なきを (いかる)
              (よめ) (さら)の (つまみもの)
笑指灰中芋栗香  笑いて灰の中を指せば芋と栗の香ばし(ゆびさせ)

炉にくべた粗朶は真赤に燃えて煙も出さず、雪の夜は長い。地炉で酒
の燗をすると、すぐ湯のようにあたたかく出来あがる。
老妻が酒のつまみを用意していない、と怒るな。ばあさんが笑って指差
す灰の中。おお芋と栗が香ばしく焼きあがっているではないか。

微笑ましい農村の囲炉裏端風景ですね。地に掘ったいろりですが・・。

参考文献1: 「漢詩一日一首」 著者:一海知義、発行所:(株)平凡社

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漢詩鑑賞 054

夜雪          白居易

已訝褥枕冷  已に訝る褥枕の冷やかなるを  (きんちん)
復見窓戸明  復た見る窓戸の明らかなるを   (そうこ)
夜深知雪重  夜深くして雪の重きを知る
時聞折竹聲  時に聞く折竹の声

褥がいやに冷たいのはどうしてなのか、と
疑いつつ、窓の明かりを見返る。
夜が深まり雪が滾々と降り積もったのだな。
時おり竹折れの音が聞こえてくる。

唐の時代どの程度の暖房が出来たのか、調べていませんが、
冬の寒さは戦前戦後の時代を顧みるまでもなく、分かりますね。
今年の冬はやはり寒いようです。みなさん、風邪にご用心。

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2005.01.03

漢詩鑑賞 053

元日            王安石

爆竹聲中一歳除  爆竹声中一歳除し
東風送暖入屠蘇  東風暖を送りて屠蘇に入らしむ
千門萬戸曈曈日  千門万戸曈曈たる日   (とうとう)
争插新桃換舊符  争いて新桃を挿し旧符に換う

爆竹がはぜる音とともに旧年は去り、
春風は屠蘇の中に入って暖めている。
家々の門に初日が明るく射すと、
古いお札はいっせいに新しいものに取り換えられた。

この元日は中国。旧暦ですから二月ですね。
お正月に爆竹はつきもの。季節はちがいますが、
正月を祝う気分は同じです。
昨年は暗いニュースが多く、天災に見舞われました。
今年が幸せな一年であるよう、祈りましょう。

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.12.23

漢詩鑑賞 052

江雪           柳宗元

千山鳥飛絶  千山鳥飛ぶこと絶え 
萬径人蹤滅  万径人蹤滅す      (じんしょう)
孤舟蓑笠翁  孤舟蓑笠の翁       (さりゅう)
獨釣寒江雪  独り釣る寒江の雪

山に鳥の飛ぶのも絶え、
山の小径には人の足跡も消えた。
一そうの小舟を浮かべ蓑笠をつけた翁が、
さびしく冬の川の雪の中に釣糸を垂れている。

寒々とした孤老の釣り風景である。柳宗元はエリート官僚であったが、
若くして挫折したという。この詩には詩人のわびしい心境が投影てい
るそうである。第3と4句の頭の「孤独」に注目しよう。

参考文献 : 「漢詩日記」 著者: 石川忠久、発行所: 大修館書店

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2004.12.04

漢詩鑑賞 051

贈劉景文         蘇東坡

荷盡已無擎雨蓋 荷は尽きて已に雨を擎ぐるの蓋無く  (ささぐる)
菊残猶有傲霜枝 菊は残われて猶霜に傲る枝有り  (そこなわれ)
一年好景君須記 一年の好景君須らく記すべし
正是橙黄橘緑時 正に是れ 橙黄 橘緑の時

荷(はす)はすでに枯れ、雨を受け止める傘の葉はなく
菊は無残にも萎れながらも霜に屈しない枝がある。
一年の中で最もいい景色だ。心に留めて置き給え
ちょうどゆずが黄になり、みかんが緑の今

秋から冬にかけての殺風景な時期でも今が一番いい時である。
黄色いゆずと緑のみかんが実っているではないか。これから熟れて
色もかおりもよくなるぞ。家族の不幸に傷心の友人、劉景文を慰め
励ます「寓意」の詩との説もあるという。

参考文献:「漢詩で歳時記」村松暎監修、詹満枝著 PHP研究所刊行

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2004.11.11

漢詩鑑賞 050

山行             杜牧

遠上寒山石径斜  遠く寒山に上れば石径斜めなり
白雲生処有人家  白雲生ずる処人家有り
停車座愛楓林晩  車を停めて座ろに愛す楓林の晩   (そぞろに)
霜葉紅於二月花  霜葉は二月の花より紅なり

ひっそりとした山をはるかに登って行くと、ごつごつした石の坂道であ
る。白い雲の生まれる処、そこには必ず人家が有る。車を停めて気の
向くままに色づいた夕暮の楓の林を愛で楽しむ。見よ。霜に色づいた
葉は二月の花よりも紅だ。

紅葉の季節、山登りを楽しむ人なら誰しもこの杜牧の詩に共感を覚え
るでしょう。いいですね。これから九州も紅葉の季節。さあ、紅葉を求
めて軽登山を楽しみましょう。

参考文献:「漢詩で歳時記」、著者:詹 満江、 発行所: PHP研究所

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2004.11.07

漢詩鑑賞 049

楓橋夜泊          張 継

月落烏啼霜満天  月落ち烏啼いて霜天に満つ
江楓漁火對愁眠  江楓の漁火愁眠に対す
姑蘇城外寒山寺  姑蘇城外寒山寺
夜半鐘聲到客船  夜半の鐘声客船に到る

月が落ち、烏が鳴き、霜気が天に満ちる。
岸辺の楓からちらちらと漏れる漁火が、
旅の愁いに眠れない私の眼にうつる。
蘇州城外の寒山寺から
夜半の鐘の音が船まで響いてきた。

座敷の屏風や床の間の掛軸などでよく見かける愈樾の書によって有
名な詩ですね。中国に旅行される方がよくこの額をお土産に買われま
す。烏が夜に鳴くかとか、霜が天に満つるかとか、古来疑問符付きの
詩だった由。今は夜半の鐘も、昔は搗いたということに収まっているよ
うです。姑蘇は蘇州の古称。その西のはずれにあるのが「寒山拾得」
で有名な寒山寺です。

参考文献1:「漢詩一日一首」著者:一海知義、発行所:(株)平凡社
参考文献2:「漢詩で歳時記」著者: 詹 満江、発行所:PHP研究所

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2004.10.31

漢詩鑑賞 048

秋菊            陶淵明

秋菊有佳色  秋菊佳色あり
裛露掇其英  露に裛(ぬれ)しその英(はなぶさ)を撥(つ)み
汎此忘憂物  此の忘憂の物に汎(うか)べて
遠我遺世情  我が世を遺(わす)るゝの情を遠くす
一觴雖独進  一觴(いっしょう)独り進むと雖も
杯盡壷自傾  杯尽きなば壷自(おのずか)ら傾く
日入群動息  日入りて群動息(や)み
帰鳥趣林鳴  帰鳥林に趣きて鳴く
嘯傲東軒下  嘯傲(しょうごう)す東軒の下(もと)
聊復得此生  聊か復た此の生を得たり

秋菊が色づいて佳い色だ。
露に濡れたその花びらを摘み、
酒杯に浮かべて嗜(たしな)べば、
世を捨てた者としての想いは愈々深まる。
相手がいないので独酌で飲っているのだが、
杯を重ねて、つい徳利を傾けることになる。
そのうち日が沈み、万物が静かになって
鳥は林を目指して、鳴きながら帰って行く。
東側の軒下で口笛を吹き、ゆったり寛げば、
噫、今日もまた生きているという充実感を味わってゐる。

秋菊。酒。独酌。充実した老境。
酒のみにとっては、まさに桃源郷に遊ぶ心境ですね

参考文献: 「漢詩一日一首」 著者: 一海知義、発行所: (株)平凡社

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2004.10.24

漢詩鑑賞 047

叢桂          楊 万里

不是人間種  是れ人間の種にあらず
移従月裏来  移りて月の裏より来る
広寒香一点  広寒 香一点
吹得満山開  満山を吹き得て開かしむ

木犀は人間世界の種ではなく
月から移って来たのだ。
伝説の広寒宮からの僅かな香りが
吹き寄せて山中の木犀を咲かせている。

木犀はもともと地球にはなく月から降って来たとの伝説があった。弓
の名人羿(げい)の妻、嫦娥(じょうが)が、夫が西王母からもらった
仙薬を盗んで飲み、仙女となって月へ昇り、広寒宮に住んだという伝
説もあって、この詩を作ったという。(下記 「漢詩で歳時記」 参照」)
ひと頃木犀の香りがただよった時期がありましたが、台風などで早く
も失せてしまいましたね。なお叢桂は木犀のこと。

参考文献:「漢詩で歳時記」村松暎監修、詹満枝著 PHP研究所刊行

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2004.10.01

漢詩鑑賞 046

十五夜望月(寄杜郎中) 王建

中庭地白樹棲鴉  中庭地白うして樹に鴉棲み
冷露無聲濕桂花  冷露声無く桂花を湿す
今夜月明人盡望  今夜月明人盡く望む      (ことごとく)
不知秋思在誰家  知らず秋思誰家にか在る   (たれにか)

中庭の地面は月の光で白く、樹には鴉の影が黒い。
冷たい夜露が、音も無く木犀の花を潤している。
今夜この名月を人々はみな眺めているだろうが、
一番秋の物思いに耽っているのは誰であろうか。

秋と物思い。秋思、愁思。十五夜の月と望郷、秋の月と人を想う心。
唐の時代の詩人に数多く歌われていますね。この詩も王建が郎中
杜君の心を思いやって作られたもの。

参考文献 : 「漢詩日記」 著者: 石川忠久、発行所: 大修館書店

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2004.09.27

漢詩鑑賞 045

清夜思        李白

牀前看月光  牀前 月光を看る        (しょうぜん)
疑是地上霜  疑うらくは是れ地上の霜かと
挙頭望山月  頭を挙げて山月を望み
低頭思故郷  頭を低れて故郷を思う       (たれ)

夜中に目を覚ますと、寝台の前に月光が射している。
あまりに白いので、地上に降りた霜かと思った。
頭を上げて、山の端の月を確める。・・・しみじみと
見ている中に、故郷のことを思い、頭を垂れた。

あまりにも有名な李白の「静夜思」です。平明な言葉で説明は不要です
が、あえて書きました。この詩は秋に相応しいと思い、今日まで保留し
ておりました。明日はいよいよ仲秋の名月ですね。

参考文献 : 石川忠久著、「漢詩の楽しみ」 発行所 : ㈱時事通信社

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2004.09.17

漢詩鑑賞 044

長安一片の月    李白

長安一片月  長安 一片の月
万戸擣衣声  万戸 衣を擣つの声      (うつ)
秋風吹不尽  秋風 吹きて尽きず   
総是玉関情  総て是れ 玉関の情
何日平胡虜  何れの日か 胡虜を平らげて       (こりょ)
良人罷遠征  良人 遠征を罷めん      (やめ)

長安の街を照らす一片の月。幾万という家々から聞こえてくる砧を打
つ音。秋風はやむ時もなく吹いている。月も砧も秋風も玉門関にいる
貴方への想いをかき立てる。何時になれば胡慮を平らげて良人は遠
征から帰ってくるのか。

李白の「子夜呉歌」の一首。子夜という女性の作と言われる呉の地の
民謡がある。その替歌として李白が作った。遠征に行った背の君を思
う切ない気持ちが伝わってきますね。一海先生の解説によりますと、
この一片の月には色々の意味が込められているようです。「当時人口
百万を擁すると言われた長安の町全体にしみわたる月の光」と解した
い。味わいのある一首です。

参考文献: 「漢詩一日一首」 著者: 一海知義、発行所: (株)平凡社

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2004.09.11

漢詩鑑賞 043

飲酒二十首其の五      陶淵明

結廬在人境  廬を結んで人境に在り   (いおり)
而無車馬喧  而も車馬の喧しき無し      (かまびすし)
問君何能爾  君に問う 何ぞ能く爾るやと         (しかる)
心遠地自偏  心遠ければ 地 自ら偏なり
採菊東籬下  菊を採る 東籬の下      (とうり)の (もと)
悠然見南山  悠然として 南山を見る
山氣日夕佳  山氣 日夕に佳く
飛鳥相与還  飛鳥は 相与に還る      (あいともに)
此中有真意  此の中に 真意有り
欲弁已忘言  弁ぜんと欲して 已に言を忘る

人里の粗末な家に住んではいるが、それでも訪ねてくれる人もなく車
馬の騒々しい音もない。何でそうなのだろうか。心が世俗から遠けれ
ば住む所も自然と田舎じみてくるのだ。東の籬のもとで菊を摘み、悠
然と南の山を眺める。山の景は夕陽に映えて美しく、鳥は群がって巣
に帰って行く。この自然の中にこそ人生の意味があるのだ。いろいろ
説明しようとしたら、言葉を忘れてしまった。

菊といえば陶淵明のこの詩が代名詞だそうだ。宮仕えの嫌気がさし辞
めて隠者となった陶淵明は、高潔な菊に相応しいと評されています。自
然の中にこそ人生。人事の中には何もないのだ。共感です。

参考文献:「漢詩で歳時記」著者:詹 満江、発行所:PHP研究所

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2004.09.04

漢詩鑑賞 042

  秋風の辞          (漢)武帝

秋風起兮白雲飛     秋風起こりて 白雲飛び
草木黄落兮雁南帰    草木黄落して 雁南に帰る
蘭有秀兮菊有芳     蘭に秀有り 菊に芳有り (はな) (かおり)
懐佳人兮不能忘     佳人を懐いて 忘るる能わず  (おもい)

秋風が起こり、白雲が飛んで行き、草木は黄葉して散り、雁は南に帰
る。蘭が美しく咲き、菊は芳香を放つ。その花のようにな美人を思い、
忘れることが出来ない。実はこの詩は9句あり、掲句は冒頭の4句で、
最後は次の2句で結ばれている。

歓楽極兮哀情多     歓楽極まりて 哀情多し
少壮幾時兮奈老何    少壮幾時ぞ 老いゆくを奈何せん (いかん)

すなわち秋を悲愁の時と捉えるのは、すでに漢の時代に普遍化して
おり、「楽しみが極まったところで、悲しみが生ずる。 若い時は短い。
老いの迫るのをどうしよう。秋風の訪れに人生の無情を感じた、という
歌である。最高の権力者でも、老いばかりはどうにもならなかった。
なお、詩中 「佳人」とは 神女 を指す」(石川忠久氏、解説より引用)。

参考文献1 :「漢詩日記」 著者: 石川忠久、発行所: ㈱大修館書店
参考文献2:「漢詩一日一首」 著者: 一海知義、発行所:(株)平凡社

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2004.09.01

漢詩鑑賞 041

  秋 思         張 籍

洛陽城裏見秋風 洛陽城裏 秋風を見る
欲作家書意萬重 家書を作らんと欲して 意 万重 (オモイ バンチョウ)
復恐匆匆説不盡 復た恐る 匆匆として説き尽くさざるを (ソウソウ)
行人臨発又開封 行人 発つに臨んで 又た封を開く

洛陽城内に、いつしか、秋風が吹き始めた。
故郷に手紙を書こうとすれば、思いは限りなく
急いで認めたので、言い残したこともあるのではないかと
託した人の旅立つ前に、又もう一度封を開く有り様だ。

秋風とともに、人肌恋しく、同時に故郷が偲ばれる。
家族に手紙を認めたい気持ちに襲われるのも無理はない。
何か書き漏らしことがあるような、もういっぺん読み直してみる。
季節はまさにもの思う秋だ。

E-mail 時代ではあり得ないことですが、人に託すとか、駅逓時代には
こういうことも現実にあったでしょうね。早いばかりが能ではない。

  つり橋や百歩の宙の秋の風   秋桜子
  男ありて秋風にひとり濯ぎゐる  千苑子
  嫁ぐ娘(コ)と衣定めて秋の風    泊 舟

                   (94/09/06 投稿)

参考文献:「漢詩日歴」編著者:目加田誠、発行所:(株)時事通信社

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2004.08.25

漢詩鑑賞 040

雨後即事        朱彝尊   (しゆいそん)

暑雨涼初過  暑雨 涼初めて過り     (よぎり)
高雲薄未帰  高雲 薄くして未だ帰らず
泠泠山溜遍  泠泠として山溜遍く     (れいれい) (さんりゅう)
淅淅野風微  淅淅として野風微かなり  (せきせき) (かすか)
日気晴虹断  日気に晴虹断たれ     (せいこう)
霞光白鳥飛  霞光に白鳥飛ぶ    (かこう)
農人乍相見  農人乍ち相見て        (たちまち)       
歓笑芝扉款  歓笑しつつ芝扉を款 く    (さいひを たたく)

夏の夕立のあと、ようやく涼しさがやって来た。高い空には薄雲が去ろ
うとせず、山水はあちこちで涼しげな音を立てて流れ、野をわたる風は
さやさやと微かに吹いている。だが、この涼もふたたび照り始めた太陽
に七色の虹は断ち切られ、夕焼け空の光の中を白い鳥が飛んでゆく。
百姓等はいつのまにか集まって談笑しながら、わが家の芝の戸を叩い
て入って来た。

今年はスカッとした夕立がまだないですね。夕立後の鮮やかな虹もま
だ見ません。家族だけでもいいから虹を見ながらビールで乾杯とゆき
たいものです。

参考文献: 「漢詩一日一首」春・夏、一海知義著、発行所: ㈱平凡社

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2004.08.22

漢詩鑑賞 039

秋に感ず       楊万里

平生畏長夏  平生 長夏を畏れ
一念願清秋  一念 清秋を願う
如何遇秋至  如何んぞ 秋の至るに遇えば   (イカンゾ、アエバ)
不喜却成愁  喜ばず 却って愁いを成すや
書冊秋可読  書冊 秋に読む可く
詩句秋探可  詩句 秋に探す可し
永夜宜痛飲  永夜痛飲に宜しく
曠野宜遠遊  曠野遠遊に宜し
江南万山川  江南 万山川     (バンサンセン)
一夕入寸眸  一夕 寸眸に入る        (スンボウニ)
請辧双行纏  請う 双行纏を辧ぜよ   (ソウコウテンヲ ベンゼヨ)
何処無一丘  何れの処にか 一丘なからん

ひごろから長い長い夏に恐れをなし、ただひたすら爽やかな秋の到来
を願って来た。ところが、いざ秋になって見ると、どうした訳か、喜べ
ず、却って、愁いを覚える。しかし、考えてみると、読書は秋こそふさわ
しく、詩作は秋に試みるのがよい。秋の長い夜は、痛飲するに宜しく、
秋の曠野は遠遊するに最適だ。夕べに一望すれば、江南の無数の山
・川は、詩人の小さな眸にしっかりとらえることが出来る。さあ、出かけ
よう。ひと揃えの《旅の脚絆》を用意してくれ、住まうべきひとつの丘、
楽しむべき谷が、必ず何処かにある筈だから。

朝晩、秋の気配は感じますが、まだ実感としては晩夏ですね。詩歌の
世界だけでも「秋感」を覚えるようにこの詩を紹介します。秋を愁うばか
りでなく、積極的に秋を楽しもうと云う楊万里に倣い、まず読書、詩作、
酒楽、遠遊。当世なら、さらにスポーツ、登山、旅行でしょうか。異常な
夏を無事に乗り切り、まもなく来る秋を存分に楽しみましょう。

参考文献:「漢詩一日一首」 著者: 一海知義、発行所:(株)平凡社

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2004.08.15

漢詩鑑賞 038

春望           杜甫

国破山河在  国破れて山河在り
城春草木深  城春にして草木深し
感時花濺涙  時に感じて花は涙を濺ぎ     (そそぎ)
恨別鳥驚心  別れを恨んで鳥は心を驚かす
烽火連三月  烽火三月に連なり
家書抵萬金  家書萬金に抵る    (あたる)
白頭掻更短  白頭掻けば更に短く
渾欲不勝簪  渾べて簪に勝えざらんと欲す (すべて) (かんざし)
          (たえ)

国は破れても山河はそのまま存在する
城内には春が巡って来て草木が青々と茂っている
時世の変化を悲しみ花は涙を流しているのであろろうか
家族ちりぢりの別れを嘆いて鳥の鳴き声も悲しげだ
戦を告げる烽火は三月に入っても止むことがない
家族の消息が不明な今日家の便りは万金に値する
白髪を掻くといっそう短くなって
どうもピンで冠を止めようもなくなった

杜甫が長安で安録山の反乱軍に拘禁されていた間の作。国破れは国
家の機構がぼろぼろになることを言い、敗戦を意味しないそうである
が、この詩に接するとどうしても8月15日のわが国の敗戦の日を思い
出さざるを得ない。呆然としてまわりの山河や空を眺めていた。

「感時花濺涙 恨別鳥驚心」は「時に感じては花にも涙を濺ぎ、別れを
恨んでは鳥にも心を驚かすと読む説もあります。(吉川幸次郎)」

参考文献:「新唐詩選」吉川幸次郎・三好達治著、発行所:㈱岩波新書

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2004.08.13

漢詩鑑賞 037

暑旱苦熱            王 令

清風無力屠得熱 清風 力の熱を屠り得る無く   (ホウリ ウル)
落日着翅飛上山 落日 翅を着けて山を飛上す     (ハネヲ)
人固已惧江海竭 人は固より已に江海の竭きんことを惧る  (ツキ) 
天豈不惜河漢乾 天は豈に河漢の乾くを惜しまざらんや  (カカンノ)
崑崙之高有積雪 崑崙の高きには雪を積む有り
蓬莱之遠常遺寒 蓬莱の遠きには常に寒を遺す
不能手提天下徃 手に天下を掲げて往くこと能わずんば (ヒツサゲテ)
何忍身去游其間 何ぞ忍びん身去きて其の間に游ぶに   (アソブ)

涼風などどうしてこの猛暑と旱魃を消し去ることが出来ようか
夕日すら羽を広げて山上に飛び上がったかのように照りつける
人はみな江海の涸れはてることを恐れている
天とても銀河の乾くのを惜しまない筈がない
崑崙の高い彼方には積雪が有り
蓬莱の遠い海中には涼気が残っている
暑さを凌ぐために皆と手を携えて行きたいけれど、叶わない。
自分ひとりだけでその仙境に遊ぶ訳には行かないではないか。

王令は、宰相王安石にその才を嘱望されながら夭折した北宋社会派
の詩人。この猛暑を逃れて天下の人みなをひきつれて、暑さ知らずの
別天地に行けたらばと念ずる王令。宋代でも今年のような酷暑があっ
たものらしい。今年は福岡でも日中は33~36℃の連続猛暑。クーラ
ーは到底崑崙の冷気には及ばない。天然の大クーラーに浴したいと願
うのは王令のみにあらずです。

参考文献:「漢詩日歴」編著者:目加田誠、発行所:(株)時事通信社

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2004.08.08

夏晝偶作 036

夏晝偶作           柳宗元

南州溽暑酔如酒  南州の溽暑酔うて酒の如し   (じょくしょ)
隠几熟眠開北牅   几に隠り熟眠して北牅を開く  (きにより) (よう)
日午獨覚無餘聲  日午独り覚めて余声無し
山童隔竹敲茶臼  山童竹を隔てて茶臼を敲く

南の国の蒸し暑さは酒に酔ったようだ。椅子にもたれて北窓を開けて
熟睡する。昼ごろふと目覚めると他の物音はせず、ただ召使いが竹や
ぶの向こうでトントンと茶の葉を打つ音だけが響く。

茹だるような暑さの中、窓をあけて涼風を呼び込み昼寝から目覚めた
が、茶臼を叩く単調なもの音が、いやが上にもけだるさを助長する。酷
暑の今年、この空気はよくわかりますね。

参考文献: 「漢詩日記」 石川忠久著、発行所; ㈱大修館書店

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2004.08.06

漢詩鑑賞 035

廬山の瀑布を望む      李白

日照香炉生紫煙  日は香炉を照らして紫煙を生じ
遥看瀑布挂長川  遥かに看る瀑布の長川を挂くるを  (かく)
飛流直下三千尺  飛流 直下 三千尺
疑是銀河落九天  疑うらくは是れ銀河の九天より落つるかと

日が香炉峰を照らすと紫の霞が立つ
はるかに見える滝は長い川を垂らしたようだ
水しぶきをあげて、流れはまっ逆さまに三千尺
天の川が空のてっぺんから落ちてきたかと思った

豪快な涼を呼ぶ滝ですね。酷暑の今夏に、何よりの清涼剤です。九天
とは天空の一番高いところをいい、「九天直下」という言葉はこの詩に
由来する。廬山は江西省九江県にあり、香炉峰はその峰のひとつ。三
千尺もあながち誇張とも言えない感じがして来ますね。香炉峰は枕草
子でみなさん既にお馴染みの峰です。

参考文献: 「漢詩一日一首」春・夏、一海知義著、発行所: ㈱平凡社

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2004.08.02

漢詩鑑賞 034

将東遊題壁        釈月性

男児立志出郷関  男児志を立てて郷関を出ず
学若無成不復還  学成る無くんば復還らず  (また)
埋骨何期墳墓地  骨を埋むる何ぞ墳墓の地を期せん
人閒到處有青山  人間到る処青山有り

今、夏休みの時期、閑話休題。教科書にあった日本人、僧月性の漢
詩です。「人生到るところ青山有り」は余りにも有名ですね。第二の人
生にある身として感慨深いものがあります。この詩ならび釈月性につ
いてはここを参照してください。

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2004.07.31

漢詩鑑賞 033

夏日南亭に辛大を懐う         孟浩然

山光忽西落  山光忽ち西に落ち
池月漸東上  池月漸く東に上る
散髪乗夕涼  髪を散じて夕涼に乗じ
開軒伏閑敞  軒を開いて閑敞に伏す      (かんしょう)
荷風送香気  荷風香気を送り
竹露滴清響  竹露清響を滴らす         (したたらす)
欲取鳴琴弾  鳴琴を取りて弾ぜんと欲すれど
恨無知音賞  知音の賞する無きを恨む      (ちいん)
感此懐故人  此れに感じて故人を懐い
中宵勞夢想  中宵夢想を労す

山の入り日は見る間に西に消え、
やがて月は東の方池の上にのぼる。
髪を解いて夕暮の涼風に身をまかせ
窓を開いて静かにこの南亭に寝そべる。
池の蓮から芳しい香が漂ってきて
竹の朝露から清々しい音が響いてくる。
琴を弾いて見ようと思うけど
残念ながら、音楽を解する人はいない。
我が友、辛大がいたら・・・・、
詮無いこと、せめて友のことを夜の夢で
想いづづけよう。

主観的自然詩人、孟浩然は、この詩では自然を離れて、人間を、そし
て友情をうたいあげているのだと言う。(唐詩新選、陳舜臣著、新潮文
庫発行参照)

参考文献:「漢詩日歴」編著者:目加田誠、発行所:(株)時事通信社

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2004.07.27

漢詩鑑賞 032

夏夜涼を追う        楊万里

夜熱依然午熱同  夜熱依然として午熱に同じ
開門小立月明中  門を開いて小らく立つ月明の中    (しばらく)
竹深樹密蟲鳴處  竹深く樹密に蟲鳴く処
時有微涼不是風  時に微涼あり是風ならず

夜になっての暑さは昼間の暑さと変わらない。戸口を開いて、しばらく
月明の中に立っていると、竹やぶの奥、樹木濃きあたりから蟲の鳴く
音が聞こえる。チ、チ、チッツ。かすかな涼しさを覚えたが、是は風の
せいではない。

前掲と同じ楊万里の七言絶句。日本人的感覚ですね。いや、昔の中
国人も斯様な「風流心」を持っていたのでしょう。逆に日本人が学んだ
のでしょうね。

楊万里(南宋、1124~1206)吉州(江西省吉水県)の人。はじめ江南詩
派を学んだが、のち晩唐詩を好んだ。陸遊等とともに南宋大家と呼ば
れ、総詩数は四千首をこえるという。(下記 P.7参照)

参考文献:「漢詩日歴」編著者:目加田誠、発行所:(株)時事通信社

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2004.07.26

漢詩鑑賞 031

暮熱荷池の上に遊ぶ    楊万里     (ほとりに)

細草揺頭忽報儂  細草頭を揺せて忽として儂に報ず  (われに)
披襟攔得一西風  襟を披きて攔り得たり 一西風    (さえぎり)
荷花入暮猶愁熱  荷花暮に入りて猶お熱きを愁う
低面深蔵碧傘中  面を低れて深く蔵る 碧傘の中    (かくる)

小草が揺れている。そよ風が吹いてきたのだ。
襟を開いて、西風を取り込む
日が暮れても、蓮の花は なお熱さに悩んでいる。
面を垂れ、おのが緑葉の傘の中に、深く身を隠したままだ。

日が暮れても、真夏の暑さはなお地上に籠もっているもの。一瞬のそ
よ風に「涼」を感じ取った楊万里の、蓮に対する思い遣りと解すべきな
のでしょうか。今年の暑さはほんとに異常。それ故に一層、この詩人の
詩情と人柄に惹かれます。

参考文献:「漢詩日歴」編著者:目加田誠、発行所:(株)時事通信社

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2004.07.18

漢詩鑑賞 030

夏日悟空上人の院に題す    杜荀鶴

三伏閉門被一衲  三伏門を閉ざして一衲を被る (いちのう) (きる)
兼無松竹蔭房廊  兼ねて松竹の房廊を蔭う無し    (ぼうろう)
安禅不必須山水  安禅必ずしも山水を須いず    (もちいず)
滅却心頭火亦涼  心頭を滅却すれば火も亦た涼し

夏の猛暑の折戸を閉めて法衣を着て座している。ここには松や竹が
僧坊に涼しい蔭を作ることもない。安らかな禅の境地は静かな山林の
中でのみ得られるものとは限らない。無念無想、心頭を滅却すれば、
火も涼しいのだ。

心頭を滅却すれば火もまた涼し。梅雨明け以来の猛暑続き。わが家
では日中冷房は殆ど使わず、時に扇風機で涼を求めています。詩は
禅の三昧境にある悟空上人を讃えたものだそうですが、戸を開け放
し、せめて「心頭滅却」で対処しようと思います。

甲斐の恵林寺の快川和尚が、織田信長の火攻めにあった時、法衣を
まとい、扇子をもって端座し、この句を口誦さみながら、焼死したのは
有名な話です。(下記 P.110 参照)

参考文献:「漢詩の楽しみ」 著者:石川忠久 発行所:㈱時事通信社

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2004.07.17

漢詩鑑賞 029

消 夏           袁枚 (エンバイ)

不著衣冠近半年  衣冠を著けざること 半年に近く
水雲深処抱花眠  水雲深き処 花を抱いて眠る
平成自想無官楽  平成 自ら想う 無官の楽しみ
第一驕人六月天  第一 人に驕らん 六月の天

役人の衣冠を着けなくなってから半年近く経ってしまった。川の上流、
雲の湧く山奥で花を抱いてねむる生活だ。平成から退官して《無官》
の楽しみをひとりで想像していた。いま、それを実現して、まず人に
自慢したいのは、この炎天の猛暑どきのわがくらしだ。

袁枚(清代1716-1797)は、長いお役人生活を退いた後、人里離れた
山奥に悠々自適の生活を営んだと云われます。退官後の、無官の楽
しみを誇らしげに詠ったのが、この「消夏」です。私も、一昔前退職した
時、少なくとも精神的にはそうでした。

袁枚は、当時、盛唐の格調高い詩を尊ぶ一派に反揆し、感情の自然
な流露を旨として「性霊」の説を主張したといわれます。彫刻のあとを
感じさせないこの詩もその一例です。「随園詩話」を著す。(一海知義
著『漢詩一日一首』平凡社刊行より引用。)

   向日葵に天よりも地の夕焼くる   誓子
   向日葵や信長の首切り落とす   春樹

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2004.07.12

漢詩鑑賞 028

将に酒を進めんとす         李 白

君不見黄河乃水天上来 君見ずや黄河の水天上より来り      
奔流到海不復回      奔流海に到って復回らず (また かえらず)
君不見高堂明鏡悲白髪 君見ずや高堂の明鏡白髪を悲しむ
朝如青絲暮成雪      朝には青絲の如きも暮には雪と成る
人生得意須盡歓      人生の得意 須らく歓を尽くすべし
莫使金樽空對月      金樽をして空しく月に対せしむる莫かれ

天生我材必有用      天我が材を生ずる 必ず用有り
千金散盡還復来      千金散じ尽くせば還りて復来たらん (また)
烹羊宰牛且爲楽      羊を烹牛を宰して且らく樂しみを為さん
會須一飲三百杯      會ず須らく一飲三百杯なるべし (かならず)     

岑夫子            岑夫子
丹邱生            丹邱生
将進酒            将に酒を進めんとす
君莫停            君停むる莫かれ
與君歌一曲         君が與に一曲を歌わん  (ために)
請君爲我傾耳聴      講う君 我が為に耳を傾けて聴け

鐘鼓饌玉不足貴      鐘鼓饌玉 貴ぶに足らず  (せんぎょく)
但願長酔不願醒      但長酔を願って醒むるを願わず(ちょうすい)
古来聖賢皆寂寞      古来 聖賢 皆寂寞   (せきばく)
惟有飲者留其名      惟だ 飲者のみ其の名を留むる有り

陳王昔時宴平樂      陳王 昔時 平樂に宴し
斗酒十千恣歓謔      斗酒 十千 歓謔を 恣にす (ほしいまま)
主人何爲言少銭      主人 何爲れぞ 銭少なしと言わん
徑須沽取對君酌      徑ちに須らく沽い取って君に対して酌むべし
                     (ただちに)  (かいとって)
五花馬            五花馬
千金裘            千金の裘   (きゅう)
呼児将出換美酒      児を呼び将き出して美酒に換え  (ひき)
與璽同鎖萬古愁      璽と同に鎖せん万古の愁
                    (なんじ)  (ともに)  (しょう)

非常に長いですが、李白らしい酒に対する思いが雄弁に語られていま
すので、全聯掲げます。まず、読み下し文を朗誦したいですね。

君は知らないのか、黄河の水は天上からやってきて、奔流となって海
へ流れ込み二度と帰らないのを。

富貴に恵まれ立派な家に住んでいても、髪はいつしか白くなっている
のを鏡で知り、悲しんでいるのを。

朝は緑の黒髪であったのに日暮には雪のように白くなっているのを。

人生とはかくも儚いものだから、心残りのないようにぜひ歓楽を尽くし
ておくことだ。

あたら名月の夜、黄金の樽を、飾り物にしておいてはいけない。

天が何がしかの才能を我々に与えてくれたのは、必ずそれを役立たせ
るためなのだ。

たとへ大金を使い果たしても、カネは天下のまわりもの。いつかは必ず
帰ってくる。

羊や肉を使っておいしい料理を楽しもう。せっかくだから酒はいっぺん
に300杯飲らなきゃ、話にならんぞよ。

岑先生よ
丹邱生よ

一献さしあげましょう。遠慮は禁物、杯は置かないで。
両君のために詩を一曲吟じてさしあげましょう。どうぞ耳を傾けて聞い
てください。

鐘も太鼓も山海の珍味も珍重するにあたらん。私の願いは唯一つ、い
つまでも酔っていて、酔いから醒めないことだ。

昔から聖人、賢者と言われた人も、死んでしまえばそれまで、世間から
忘れられてしまう。

だが、酒豪の人たちだけは、その名を残している。

昔、魏の陳思王は平楽歓で盛大な宴会を開き、一斗一万銭の美酒を
買いこみ、歓楽の限りを尽くした。

今夜の主人公たる私が、何でお金がないなどと申しましょうか。さっそく
買ってきて、両君と大いに飲みましょう。

青黒色と白の斑(まだら)馬、秘蔵の皮衣でも召使の童子に持たせて
美酒と交換させ、

みなで痛飲して、胸中に積もっている無限の憂愁を、一掃することにし
ましょう。

参考文献:「李白」著者:福原龍蔵、発行所:㈱講談社 「現代新書」
 〃 〃 :「唐詩選」 編者:吉川幸次郎、小川環樹他 筑摩書房刊

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2004.07.09

漢詩鑑賞 027

月下独酌(2)      李 白

天若不愛酒  天若し 酒を愛せずんば
酒星不在天  酒星は 天にあらざらん
地若不愛酒  地若し 酒を愛せずんば
地應無酒泉  地には應に 酒泉無かるべし   (まさに)
天地既愛酒  天地 既に 酒を愛す
愛酒不愧天  酒を愛するは 天に愧じず   (はじ)

已聞清比聖  已に聞く 清は聖に比うと   (すでに)  (たぐう)
復道濁如賢  復た道う 濁は 賢の如しと   (また)   (いう)
賢聖既已飲  賢聖 既に已に飲む  
何必求酒仙  何ぞ必ずしも 酒仙を求めん

三杯通大道  三杯 大道に通じ
一斗合自然  一斗 自然に合す
但得酒中趣  但だ 酒中の趣を得んのみ     (ただ)
勿為醒者傳  醒者のために 伝うる勿かれ


 ○福原龍蔵氏意訳

天 もし 酒を好まぬならば
酒星が 天にあるはずはなく
地が もし 酒を愛せぬならば
地には 酒泉が ないはずだ
天地が 酒を 愛するならば
酒好きだとて 天地に愧じぬ

むかし 清酒を 聖人と呼び
濁酒を 賢者と いったとか
聖人 賢者も 酒飲むならば
仙人修行の 苦労は いらぬ

三杯で 天地の 大道を知り
一斗で 宇宙に冥合できる
酒飲み だけが 知る妙味
下戸に 説いても 通じはしない


この第二聯に来て、「詩仙」、「酒仙」と呼ばれた李白の面目躍如です
ね。福原氏は「余説」としてわかったような、わからない理屈を、もっとも
らしく言い並べているところが、いかにも酔っぱらいのくだに似て、愛敬
があって面白いと評しておられます。まったく同感、同感。天下の大酒
家よ。堂々と飲まれかし。
      ※以上、下記「李白」P155~P158より引用しています。

参考文献:「李白」 著者:福原龍蔵、発行所:㈱講談社 「現代新書」

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2004.07.08

漢詩鑑賞 026

山 村        賈 島

數里聞寒水  數里 寒水を聞き
山家少四隣  山家 四隣少し
怪禽啼嚝野  怪禽 嚝野に啼き      (かいきん)
落日恐行人  落日 行人を恐れしむ
初月未終夕  初月 未だ夕を終えざるも
辺烽不過秦  辺烽 秦を過ぎず      (へんぼう)
蕭条桑拓外  蕭条たる 桑拓の外        (そうしゃ)
煙火漸相親  煙火 漸く相い親しむ

数里冷たい川の流れの音を聞きつつ行くと、山あいの家には殆ど隣家
がない。広野には怪しげな鳥の声がひびき、落日は旅人の不安をかき
たてる。出た三日月もすぐ沈んでしまう。しかし戦を告げる辺塞の烽火
(のろし)が、この長安に届く気配はない。桑の木が茂る道の先は蕭然
として寂しいが、薄闇の中にかまどから立ち上る、懐かしい煙が見えて
来た。

賈島は(779-843)「推敲」の故事で知られています。「李凝の幽居に題
す」という詩の第二聯、「鳥は宿る池中の樹、僧は敲(たた)く月下の
門」の「敲く」の字を、もとの「推す」のままにすべきか、「敲く」の字に改
めた方がいいか、賈島はロバに跨って苦吟し、みやこ長安の大通りを
行くうちに、都の長官、韓愈の行列に突っ込んでしまった。話を聞いた
韓愈はその無礼を許して、「敲の字佳なり」といい、以後二人の交遊が
始まったのです。この賈島と孟郊が中唐では「苦吟型」の詩人として有
名です。

参考文献:「漢詩一日一首」秋・冬、著者:一海知義、発行所:㈱平凡社

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2004.07.06

漢詩鑑賞 025

月下独酌(1)        李 白

花間一壷酒  花間 一壷の酒       (いつこ)
獨酌無相親  独り酌んで 相親しむ無し
擧杯邀名月  杯を挙げて 名月を邀え    (むかえ)
對影成三人  影に対して 三人と成る

月既不解飲  月 既に飲を解せず      (いん)
影従随我身  影 徒らに 我が身に隋う
暫伴月將影  暫く 月と影とを伴い
行樂須春及  行楽 須らく春に及ぶべし

我歌月徘徊  我歌えば 月 徘徊し  
我舞影凌亂  我舞えば 影 凌亂す
醒時同交歡  醒時は 同に交歓し       (ともに)
酔後各分散  酔後は 各々分散す

永結無情遊  永く 無情の遊を結び
相期邈雲漢  邈かなる雲漢に 相期す     (はるか)


 ○福原龍蔵氏意訳

花さくところ 徳利をもてど
酒くみかわす 友がない
杯あげて 月 迎え
影も出て来て 三人だ

月はお酒を 飲めないし
影はわが身に そうばかり
月と影とを 友として
春を よろこび楽しもう

わたしが歌えば 月が舞い
わたしが舞えば 影おどる
酔わないうちは 歓び合うが
酔うて眠れば 別れてしまう

世間ばなれの 交わり結び
天の川原で また会おう

「李白」の著者、福原龍蔵氏の解説によれば、名月の夜、花の近くでた
だひとり、心ゆくまで酒をのんで歓を尽くした得意の心境を、独特の名
調子で歌い上げた名作である。四首連作であるが、その着想は毎編
異なり、詩品伯仲。結首:遥かに離れた天の川で再会しようという着想
は李白独特の奇抜なもの。かねてから仙人にあこがれ、仙道に興味以
上のものを感じていた李白ならではのものだ。
      ※以上、下記 「李白」 P151~P155より引用しています。

参考文献: 「李白」著者:福原龍蔵、発行所: ㈱講談社 「現代新書」

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2004.07.05

漢詩鑑賞 024

山中にて幽人と対酌す     李 白

両人対酌山花開   両人対酌すれば 山花開く
一杯一杯復一杯   一杯 一杯 復た一杯    (また)
我酔欲眠卿且去   我酔うて眠らんと欲す卿且く去れ  (しばらく)
明朝有意抱琴来   明朝意あらば琴を抱きて来たれ

幽人と差し向かいで酒を酌み交していると、山の花が開き出す。一杯、
一杯、また、一杯。わしは酔うて眠くなった。君はひとまず帰ってくれ。
そして 明朝気が向いたら、琴でも抱いてやって来てくれ。
   (注) 幽人とは世俗を避けて山奥に住んでいる人をさす。

酒の詩人の双壁は李白と陶淵明。李白は第三句に淵明の故事をそっ
くり借用しているのだそうである。ところが、結句がすばらしい。曰く、
明朝有意抱琴来。李白の世界である。酒が大好きな者ならば、この詩
に陶酔するは必定。管弦に疎く、詩才もない凡人ではあるが、友と酒
を酌み交しながら、詩吟の一つでも口ずさんでみたいものですね。

参考文献:「漢詩一日一首」春・夏 著者:一海知義、発行所:㈱平凡社

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2004.07.01

漢詩鑑賞 023

                王安石

終日看山不厭山  終日山を看て山に厭かず (アカズ)
買山終待老山間  山を買いて終に待たん山間に老ゆるを (ツイニ)
山花落盡山長在  山花落ち尽くして山長えに在り (トコシエニ)
山水空流山自閑  山水空しく流れて山自ずから閑なり

終日山を見ていても一向に飽きない。いっそ山を買いとって、この山あ
いで老いてゆこうか。山の花は散ってしまっても山は永久に存在する。
山水は空しく流れ落ちていくが、山はひっそりとして静かである。

今でも退職後に山林に別荘を造り、悠々自適の生活を楽しんでいる人
もあろう。だが、山中に余生を過ごすとなると、文化生活に慣れた人間
が果たしてどこまで耐えうるであろうか。世事に執着のある者にその資
格はない。いやいや、PCさえ持ち込めば大丈夫かな。

 白き花あれば水あり五月山    かな女
 山中は独語も緑滴れり       克 巳
 万緑へ山小屋の鍵ひびかせり  桂 子  (渡辺)

参考文献:「漢詩一日一首」春・夏 著者:一海知義、発行所:㈱平凡社

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2004.06.22

漢詩鑑賞 022

夏至の日の作      権 徳與

璇樞無停運  璇樞運ることを停むる無く (センスウ メグル ドドム)
四序相錯行  四序相錯行す (シジョ アイ サッコウス)
寄言赫曦景  言を寄す赫曦の景 (カクギ ノ ヒカリ)
今日一陰生  今日一陰生ずと (コンニチ イチイン)

注)璇枢 センスウと読み、北斗の第二、第一星をさす。総じて北斗星
を意味する。

北斗星の運行はめぐりを止めることなく、四季は順次にめぐってくる。
まあ、きいてくれ、赤く燃える太陽の光にも、夏至の今日、すでに陰気
が兆しているぞ。

 夏至の雨山ほととぎす聴き暮らし   木  国
 禁煙す夏至の夕べのなど永き     亜  浪
 夏至の日の手足明るく目覚めけり  岡本 眸

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.06.17

漢詩鑑賞 021

百家渡を過ぎる (ヒヤクカトヲ ヨギル)      楊 万 里

一晴一雨路乾濕  一晴一雨 路乾湿
半淡半濃山畳重  半淡半濃 山畳重
遠草平中見牛背  遠草平らかなる中に牛背を見
新秧疎處有人蹤  新秧疎らなる処に人蹤有り (シンオウ)
                                 (ジンショウ)

晴れたと思うと雨になり、路は乾いたりぬかるんだり。山々の重なりは
緑であるが、淡い処あり濃い処あり、草原の果てしなく続く中に牛の背
が見え、早苗の疎らなる中に人の足跡が見える。

 早苗束放る響きの谷間かな       たかし
 水煙あげて早苗の投げらるる      虚 子
 手を触るることなき今の田植かな    泊 舟

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.06.16

漢詩鑑賞 020

三衢道中            曾 幾         (サンク)

梅子黄時日々晴  梅子黄ばむ時日々晴れたり
小溪泛盡却山行  小渓泛び尽くして却って山行
緑陰不減来時路  緑陰減ぜず来時の路
添得黄※四五聲  添え得たり黄※の四五声    (コウリ)

                 ※は《麗》に《鳥》と書く漢字

梅が黄色に塾するころは毎日晴天が続く。船で渓流を溯り最後はまた
山歩き。緑の木陰はますます濃く、来るときと同じだが、鴬の鳴き声が
四、五回、森に響き渡った。

  緑蔭に祝女の挿したる蛇の櫛  沢木欣一   (ノロ)
  素読とは大緑蔭にひびきけり   田中裕明
  緑蔭やワインに添ゆる卓料理  泊 舟

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.06.13

漢詩鑑賞 019

山亭夏日            高 駢

緑樹陰濃夏日長  緑樹陰濃かにして 夏日長し (カゲコマヤカ)
樓台倒影入池塘  楼台陰を倒まにして 池塘に入る (サカシマ)
水精簾動微風起  水精の簾動いて 微風起り
満架薔薇一院香  満架の薔薇 一院香し (ショウビ、カンバシ)

 緑の樹木の蔭は濃く、夏の日は長い。
 楼台は池の水面に逆さまの影を映している。
 水晶の簾が動いてそよ風が起こり
 棚一杯に咲いた薔薇の香りが宮殿の庭を満たしている。

   薔薇崩る激しきことの起こる前   多佳子
   バラ散るや己がくづれし音の中  汀 女
   薔薇一輪ソロモン王も嘆きしと   泊 舟

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.06.11

漢詩鑑賞 018

農家六言          楊万里

挿秧已蓋田面  挿秧已に田面を蓋い (ソウオウ、オオイ)
疎苗猶逗水光  疎苗猶お水光を逗む (ソビョウ、トドム)
白鴎飛處極浦  白鴎の飛ぶ処は 極浦 (キョクホ)
黄犢歸時夕陽  黄犢の帰る時は 夕陽 (コウトク)

植えたばかりの早苗が田一面をおおい、まばらな苗の間には水が光っ
ている。遠くの水面には、かもめが飛んで、夕陽をあびて、黄色い子牛
が帰って行く。

今頃何処でも見られる田舎の風景であろう。田植え風景もまったく変
わってしまった。代掻きも、田植も機械が働く。「味気無い」などと言っ
てはいけないが、やはり寂しい。

 代掻きのあとを独歩の鴉かな    泊舟

 田を植ゑてきし若者と月を見る   林火
 田を植ゑて空も近江の水ぐもり   澄雄

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.06.09

漢詩鑑賞 017

初夏即事            王 安 石

石梁茅屋有彎碕  石梁茅屋彎碕有り (ボウオク、ワンキ)
流水濺濺度兩陂  流水濺濺として両陂を度る (リョウヒヲワタル)
晴日暖風生麥気  晴日暖風麦気生じ
緑陰幽草勝花時  緑陰幽草花時に勝る (ユウソウ、 カジ)

石橋あり、茅ぶきの家あり、曲がりくねった岸辺河水は、堤の間を滔々
と音を立てて流れている。今日は晴天、暖かい風に麦の香りが漂って
来て、緑の木蔭、深く生い茂った草むらは花の時よりすばらしい。

 緑陰に二人の老婆わらへりき    三鬼
 夏草に汽罐車の車輪来て止まる   誓子
 夏草や貨物列車の学徒たち     泊舟

終戦直後の汽車通学を思い出しました。客車は占領軍に取られ学生
は有蓋貨車に詰め込まれて通学したものです。

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.06.07

漢詩鑑賞 016

春 夢              岑参

洞房昨夜春風起   洞房 昨夜 春風起こり
遙憶美人湘江水   遥かに憶う 美人湘江の水
枕上片時春夢中   枕上片時 春夢の中
行盡江南数千里   行き尽くす 江南数千里

昨夜、奥の寝室に春風が吹き込んできて、遥かなる湘江の、かの佳人
を思い出しました。寝ながらにして想いがつのり、しばし夢の中で江南
数千里を馳せて逢いに行きました。

 古希といふ春風にをる齢かな  風生 (ヨワイ)
 春風をあふぎ駘蕩象の耳    青邨 (タイトウ)
 春風や白紙に春の一字書く   泊舟

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
追伸:(当時の追記そのまま)

1.訂正。#673/04/30の拙句中の「槌」を「鑿」に訂正いたします。

2.謹んでお悔やみ申し上げます。
  私がここで引用している漢詩は殆ど山口県出身、九大名誉教授の
  目加田誠氏著「漢詩日暦」に依っていますがその目加田氏の訃報
  を朝刊で知りました。90歳。ご冥福をお祈りいたします。

             1994-5-01 23:35  Eーさん

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2004.06.04

漢詩鑑賞 015

自 遣            李白

対酒不覚瞑   酒に対して瞑を覚えず
落花盈我衣   落花 我が衣に満つ
酔起歩渓月   酔起して 渓月に歩めば
鳥還人亦稀   鳥還って人も亦稀なり

はらはらと散る花の下で酒を楽しむ。日暮れにも気づかず、ふと見ると
衣は落花で満ち満ちている 立ち上がって帰路につく。谷間の道をたど
れば月が中天に。鳥はねぐらに帰り、ゆく人もない。

詩仙、酒仙の李白らしい。酒はいいものですね。自遣とはみずからわ
が心を慰めると「注」にある。「自らやる」と読んでください。

 てのひらに落花とまらぬ月夜かな   渡辺 水巴
 青谿の深さを落花ためらわず     渡辺千枝子
 花筏寄りつ離れつ淀みつつ      中村 苑子

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.06.02

漢詩鑑賞 014

春 夜              蘇 軾

春宵一刻値千金    春宵一刻 値千金
花有清香月有陰    花に清香有り 月に陰あり
歌管樓台聲細々    歌管 楼台 声細々
鞦韆院落夜沈沈    鞦韆 院落 夜沈沈 (シュウセン)

北宋きっての詩人、蘇東坡のあまりに有名な詩ですね。
人口に膾炙してますから下手な註釈は不要です。難しい字句のみ
『鞦韆』ぶらんこ、『院落』中庭、『沈沈』夜の更けるさま、静寂。
4月半ばを過ぎ、西日本は今春一色です。

 春宵やいま別れ来し人に文    杏史
 春宵の玉露は美酒の色に出づ  風生
 春宵の眠れる蝶を採る子かな   泊舟

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.05.31

漢詩鑑賞 013

春日              陳与義

朝来庭樹有鳴禽   朝来 庭樹に鳴禽有り
紅緑扶春上遠林   紅緑 春を扶けて 遠林に上る
忽有好詩生眼底   忽ち好詩の眼底に生ずる有り
安排句法已難尋   句法を安排するに 已に尋ね難し

 朝、庭に出て見ると鳥が庭木で鳴いている。花の紅と木々の緑が春
を告げ、遠く林の向こうに続いている。忽ち、詩心がわいて詩作の素形
が脳裏にひらめいたが、あれこれ形を整えているうちに詩の良姿が消
えてしまった。

 詩人の作詩の経過を述べ尽くしている。詩は対象に応じて刻々と湧
いてくるのだが、あれこれ細部をいじっている間に肝心の核心が消え
てしまった。ひらめきと同時に走る筆跡がいい詩を生むようだ。詩の女
神が詩人の手を導いた時、いい詩が生まれるのではあるまいか。

 座りたるまま帯とくや花疲れ    真砂女
 子の如き課長に仕へ花見にも   秋月子
 甘茶注ぐひと絶ゆるなき花御堂  泊 舟

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.05.29

漢詩鑑賞 012

画眉鳥(ガビチョウ)        欧陽修

百囀千聲随意移  百囀千声 随意に移る(ヒャクテン)
山花紅紫樹高低  山花 紅紫 樹 高低
始知鎖向金籠聴  始めて知る 鎖されて金籠に向りて聴くの(アリテ)
不及林間自在啼  林間に自在に啼くに及ばざるを

 ホオジロが気の向くままにイッピチチェチュと囀りまくっている。山花
は紅、紫と色とりどりに咲き樹は高低さまざまに繁っている。ああ始め
て知った。いかに立派な黄金の籠の中で囀ずろうとも、鳥は林間でこ
そ自由奔放に、はるかにすばらしく鳴くのだ。

 野鳥は山野におくのが一番だ。こんな時代にこんな詩があるとは驚
きだが、都に勤め金持ちの生活をみて始めて知った欧陽修の確信に
違いない。あるいは二度ほど地方官に左遷された時の感慨かも知れ
ない。

 囀りのなお高き枝天にあり      青邨
 囀りや天地金泥に塗りつぶし    喜舟
 囀りのをちこち距離のありにけり  泊舟

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.05.28

漢詩鑑賞011

春日湖上に遊ぶ        徐 俯

雙飛燕子幾時回  雙飛の燕子 幾時にか回る(ソウヒ、イズレノトキ)
挟岸桃花浸水開  岸を挟さむ桃花 水に浸して開く(サシハサム)
春雨斷橋人不渡  春雨 斷橋 人渡らず
小舟漕出柳陰來  小舟 柳陰を漕ぎ出し来る

 二羽の燕はいつ帰って来たのか連れ添って飛んでいる。あたかも
両岸の桃の木は水に浸って花を咲かせている。春の雨のけぶるなか、
橋はこわれていて人は渡れない。小舟が一艘柳の緑陰から漕ぎ出し
て来た。

 燕の飛び始めた平凡な春の湖岸風景である。いまでも日本の田舎
でならどこでも見られるだろう。850年位前の作。勿論それ以前から
見られた風景に違いない。

  燕くる軒の深さに棲みなれし   久女
  燕や烈風に打つ白き腹      茅舎 (ツバクロや)
  舞ひながら子に餌をやる親燕  泊舟

参考文献:「漢詩日歴」編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社 他

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2004.05.27

漢詩鑑賞 010

江南の春            杜牧

千里鴬啼緑映紅   千里鴬啼いて緑紅に映ず (クレナイニ)
水村山郭酒旗風   水村山郭酒旗の風
南朝四百八十寺   南朝四百八十寺 (ハッシンジ)
多少楼臺煙雨中   多少の楼台煙雨の中

 広漠たる江南地方の水村、山あいの村に鴬が鳴き、樹木の緑に花
のくれないが照り映えている。村里には至るところに酒屋の旗がハタ
ハタとひるがえっている。かって栄えた南朝の寺が四百八十あり、無
数の楼台が春の烟雨のなかにかすんでいる。

 江南地方は揚子江下流の南部一帯で、気候温順で風光明媚の地。
杜甫も「江南にて李亀年に逢う」と題して

 正に是れ江南の好風景
 落花の時節 又た君に逢う

と詠い、白居易も「憶江南」と題し

 江南の好きこと
 風景旧と曾て諳んず (モト カッテ)
 日出ずれば江べの花は紅きこと火に勝り (カワベ)
 春来たりなば江の水は緑きこと藍の如し (アオキ)
 能く江南を憶わざらんや

と詠っています。以上「漢詩一日一首」p.112~114 より引用。江南地
方って好い処なんでしょうね。旅行したい!

  鴬や文字も知らず歌心   子規
  鴬や障子あくれば東山   漱石
  鴬やカサカサ小薮渡る音  泊舟

参考文献:「漢詩一日一首」著者:一海知義 発行所:平凡社

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2004.05.25

漢詩鑑賞 009

酒を勧む           宇武陵

勧君金屈巵    君に勧む金屈巵 (キンクツシ)
満酌不須辞    満酌辞するを須いず (モチ イズ)
花発多風雨    花発けば風雨多し (ヒラ ケバ)
人生足別離    人生別離足る

 さあ一献進ぜよう。なみなみついだこの金の盃を遠慮なく飲んでくれ。
とかく花盛りの季節は風雨が激しくなるもの、人生には別れがつきもの
だ。(注) 金屈巵:屈曲した把手のついた金の杯。

 この句には井伏鱒二の有名な訳がある。

  コノサカズキヲ受ケテクレ
  ドウゾナミナミツガセテオクレ
  ハナニアラシノタトエモアルゾ
  「サヨナラ」ダケガ人生ダ

 井伏氏の訳によって別離の詩と取る人が多いそうであるが、これは
別れの歌ではない。「花に嵐 人には別れ」というではないか、だから
この花ざかりの今、この時を痛飲して楽しもうではないか!石川忠久氏
の解釈をとりたい。

参考文献:「漢詩の楽しみ」著者:石川忠久 発行所:(株) 時事通信社

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2004.05.23

漢詩鑑賞 008

建徳江に宿す          孟浩然

移舟泊烟渚   舟を移して煙渚に泊す (エンショ)
日暮客愁新   日暮れて客愁新たなり
野曠天低樹   野は曠くして天は樹に低れ (タレ)
江清月近人   江は清くして月は人に近し

舟を靄のかかった岸辺に着けた。今夜はここで泊まることにしよう。
日が暮れて旅の愁が新たにわきおこる。見渡すかぎり野は広々とし
て、天は樹の上に覆いかぶさっている。入江の水は清く、月は手を
伸ばせば届きそうに近い。

 草霞み水に声なき日ぐれかな  蕪 村
 大いなる港につくる霞かな     碧梧桐
 霞む海磯に寄せ来て音もなし  秋桜子

(注)種を明かせば私の俳号はこの絶句から取ったものです。

参考文献:「唐詩選」吉川幸次郎・小川環樹編、発行所:筑摩書房

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2004.05.21

漢詩鑑賞 007

雪 梅               盧梅坡

梅雪争春未肯降  梅雪 春を争うて未だ降るを肯んぜず
騒人擱筆費平章  騒人 擱筆して平章を費やす
梅須遜雪三分白  梅は須らく雪に三分の白を遜るべし (ユズル)
雪却輸梅一段香  雪は却って梅に一段の香を輸す(ユス)

 梅と雪が春を争ってどちらも負けたと言わない。詩人はこれを眺めて
いたが、筆を置いて判定をくだした。梅よ、雪に三分ほど白さにおいて
劣っているぞ。雪よ、梅が一段と香りにおいては勝っておるぞ。

 桜の花ほど騒ぐ人がいませんが、梅は終始静かに雪と戦って、やが
て香りを放って咲くのですね。勝ち梅に静かに健斗を称える拍手を送る
ことにしよう。

 朝靄に梅は牛乳より濃かりけり  茅 舎 (チチヨリ)
 心には咲き満つ日あり梅三分   汀 子
 梅一輪白衣の風のゆるやかに   泊 舟

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.05.20

漢詩鑑賞 006

梅花絶句              陸 游

聞道梅花拆暁風  聞道く 梅花 暁風に拆くと(キクナラク、ヒラクト)
雪堆遍満四山中  雪堆 遍く四山の中に満つ
何方可化身千億  何ぞ方に身を千億に化して(マサニ)
一樹梅前一放翁  一樹の梅前 一放翁たるべけん

 暁の寒風が吹く中に梅の花が咲いたと伝え聞いた。まるで雪が積も
ったようにまわりの山々に梅が咲き匂っている。なんで我が身を千億
に刻み放ち、梅の一樹ごとにわが身を立たせないという法があろうか。
(まさに中国的表現ですねー!)

 寒さに耐えて来たのは人だけではない。自然万物が春の到来を待ち
詫びていたのだ。自然界で一番敏感なのが梅である。梅は用意周到
に準備した蕾を一瞬にして解き放ったのだ。これに遅れてはならない。
わが身を切り刻み万片にして、一樹ごとにその分身を前に立たせて愛
でてやろうではないか。梅に対する切々たる愛情が込められていて、
胸にせまる哀歓がある。身近に寄り添い、花弁に触れ、掌に抱きしめ
てやりたい衝動を覚えるのは、僕だけであろうか。

       イデユ
 梅咲きて温泉は爪の伸び易き  梶井基次郎
 梅白し山浮びても曇りても     広瀬直人
 梅ばやし静かに息をするごとく  泊 舟

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.05.19

漢詩鑑賞 005

雪を詠ず           蕭 綱

鹽飛亂蝶舞  塩飛んで蝶舞乱れ(チョウブ ミダレ)
花落飄粉匳  花落ちて粉匳飄る(フンレン ヒルガエル)
匳粉飄落花  匳粉 落花飄り(レンプン ヒルガエリ)
舞蝶亂飛鹽  舞蝶 飛塩乱る(ブチョウ ヒエンミダル)

 塩は蝶のように乱れ飛び、花は落ちて白粉箱のこぼれ散ったよう、
箱から白粉がひるがえって花が散るようだ、舞う蝶は乱れ飛ぶ塩のよ
うだ。

 雪が舞い降るさまを歌った「顛倒詩句」である。正確には「顛倒使韻」
と言って倒読しても順読しても意味が通じ、しかも韻にかなう詩をさす。
例えて言えば「たけやぶやけた」「山本山」にプラス韻の類だろう。
    (「漢詩日歴」P.28、1月25日欄 『詠雪』参照されたし)

参考文献:「漢詩日歴」編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.05.16

漢詩鑑賞 004

寒雀                   楊万里

百千寒雀下空庭     百千の寒雀 空庭に下り
小集梅梢話晩晴     梅の梢に小集して晩晴に話(わ)す
特地作團喧殺我     特地団をなして我を喧殺す
忽然驚散寂無聲     忽然驚き散じて寂として声なし

 群れをなす雀が人気のない庭に降りて来て、梅の梢に密集し夕映え
の中でさえずり始めた。そのかまびすしいこと! もう我慢ならぬ。が、
何に驚いたのかいっせいに飛び立って、あとは、ひっそり、閑そのもの。

 こんな情景はまだ田舎では残っているのだろう。2~3年前、正月2
日の夜明けに鉄道のわきを散歩していて、うるさい程の寒雀の鳴き声
を聞いたことがあった。かなり離れていてもかなりの喧しさだった。庭
先ではたまるまい。

   寒雀顔見知るまで親しみぬ     富安 風生
   寒雀すこしとびたるぬくとさよ   萩原 麦草
   天餌足りて胸づくろひの寒雀   中村 草田男

日本の雀は愛されている。俳人は優しいですね。

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.05.15

漢詩鑑賞 003

冬                康海

雲凍欲雪未雪   雲凍り雪ふらんと欲せども未だ雪ふらず
梅痩將花未花   梅痩せて将に花さかんとして未だ花さかず
流水小橋山寺   流水 小橋 山寺
竹籬茅舎人家   竹籬 茅舎 人家

 凍てるように寒い空、降りそうで降らない雪、一時の暖気に梅は花開
かんとその固い蕾を綻ばせかけたかと見るや、寒のぶり返しにまたし
ぼんでしまった。小橋の下を流れる小川は寒々とにぶく光り、山寺は静
かに眠っている。人家と竹垣、茅葺きの屋根も凍えている。

 東洋の冬の情景は、季節の移り変わりにずれがあるとしても、漢詩
に見られる風景は、日本のそれと違和感はないですね。平安の御代、
栄華を極めた唐の文物、詩歌が日本に伝わった時は、今以上に日本
の自然はその規模において、その変化において、彼の地に劣るといえ
ども、なお見る限りに於いて近似性を持ち、住まう人間にも身近に迫る
感懐があったのでしょうね。

  いくたびも雪の深さを尋ねけり   子規
  降る雪や明治は遠くなりにけり   草田男
  みちのくの雪深ければ雪女郎   青邨

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.05.14

漢詩鑑賞 002

君故郷より來たる        王 維

君自故郷來   君 故郷より來たる       
應知故郷事   應に故郷の事を知るべし
来日綺窗前   来日 綺窓の前
寒梅著花未   寒梅 花を著けしや未だしや

 故郷は遠くにありて思ふもの、そして悲しくうたふもの よしやうらぶれて 異土の乞食となるとても 帰るところにあるまじや・・・ と詠ったのは、室生犀星だったか?

《ふるさと》への思い「望郷」の念は、誰しもあろう。僕らの年代は概して暗いイメージがつきまとう。戦時、戦後の時代をすごした暗い戸籍上の故郷でなければと思う一方、おぼろ気ながらも明るい、懐かしい幼児、少年期を過ごした第二の故郷が僕にはある。しかし、最近は暗い故郷も遠くに離れて久しくなると、犀星の歌うごとく「帰るところにあるまじや」と打ち消すその心根に、なお止みがたい思いがつのるのである。

 いまは故郷から訪ね来る友もいない。もしいたら、庭の寒梅は咲いたかい、手水鉢のわきの南天はどうだいと聞きたいものだ。王維の気持が身に沁みてしのばれるのである。目をつぶるとまだ元気だった父や母の姿がまぶたに浮かぶ。

  梅が香にのっと日の出る山路かな  芭蕉
  梅一枝死者の仰臥の正しさよ     波郷
  梅咲いてまたひととせの異国かな  ジャック・スタム

参考文献:「漢詩日歴」 編著者:目加田誠 発行所:(株)時事通信社

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2004.05.13

漢詩鑑賞 001

酒に対す              白居易

蝸牛角上争何事  蝸牛角上 何事をか争う           
石火光中寄此身  石火光中 此の身を寄す
随富随貧且歓楽  富に随い貧に随い 且らく歓楽せん
不開口笑是痴人  口を開いて笑わざるは 是れ痴人

ご存じ、「対酒」 「酒に対す」は、白楽天の詩である。

この人の世は蝸牛の角の上のようなものだ。こんなちっぽけな場所で
何を争っているのだ。火打ち石をカチッと打ちつけると火花が散る。そ
のつかの間に身を寄せているに過ぎないのだ。富むものは富むなりに
貧しいものは貧しいなりに、それなりに楽しもうではないか。酒でも飲ん
で「アハハ・・・」と大口開けて愉快に笑おうよ。くよくよする奴は大馬鹿
野郎さ。

かって酒を飲む時、よくこの詩を口ずさんだものだが、最近はこの詩を
思い浮かべることが少なくなった。・・・漢詩集をひもといていたら偶然
目にとまった。退職してくさくさすることが無くなったせいだろう。人生を
ある程度達観したせいだろう。いや、毎日、毎日を楽しく過ごしている
からだろう。

若者よ、早く歳をとりたまえ。楽天。そうだ。楽天地が待っている。苦し
い時はこの詩を口ずさんで酒を飲まれよ。悠然と。蕩然と。気が静まる
ぞ。気が大きくなるぞ。楽しいぞ。あははは!アハハハ!

 かたつぶり角ふりわけよ須磨明石  松尾 芭蕉
 かたつぶり甲斐も信濃も雨の中    飯田 龍太
 木に草に雨明るしやかたつむり    長谷川 櫂

(注)これから掲出する漢詩鑑賞は、1994年2月から同年7月まで Nifty
Serve、Fmellow 「えふめろう文集」に投稿したものです。少し校正しま
すが、大方そのままお目に掛けます。私のコメントに今の時代にそぐ
わない所がありますが、当時の世情をお察し戴けるのもまた一興かと
思いますので、温情をもってお読みくださいますよう。つまり10年前は
今よりよかったということですな。ふむ、ふむ。

参考文献:「漢詩の心」 著者:石川忠久 発行所:(株) 時事通信社

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